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EIKOの気まぐれ闘病日記

このブログは、日蓮仏法の信心を根本に、双極性気分障害と闘うEIKOのブログです。日々の出来事や家族のこと、創価学会や池田名誉会長のことを書いていきます。
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   炭労大会の暴走 ①


 ひと月ほど前、東京都内で「全国炭労定期大会」が行われた(1957年5月)。全体の方針や予算を決める、炭労にとって最も重要な大会である。

 7日間にわたる大会の最終日、

「新興宗教団体への対策について」

 という項目を盛り込んだ「行動方針」が可決された。この時、炭労の思惑が初めて目に見えるかたちになった。その全文が収録された、文庫本ほどの大きさの小冊子が残っている。炭労の『1957年度 行動方針』。全国の活動家たちが学び、運動の糧にした。この『行動方針』に載った学会対策は、偏見に満ちたものと言わざるを得ない。


 まず「その社会が不健康であれば新興宗教が興(おこ)り、邪宗がはびこることは社会科学がわれわれに教えているところである」という一文で始まる、そして「組織をあげて断固対決して斗(たたか)う」「(創価学会が)労働者に害毒を流すものであることを組合員に徹底させる」等々、激しい敵対姿勢を露(あら)わにしていた。

 驚くべき提案もぶちあげている。「この運動は単に炭労のみの運動ではなしに、全体的労働運動をとおして大きく対決して斗うべきである」。つまり炭労のみならず、他の職種の労働組合にも呼びかけて、学会を攻撃させようというのである。


 また『行動方針』には、学会員は「(人が)死んでも生きかえってくる」と言っている、などという荒唐無稽なデマも含まれていた。

 この時、炭労の中央執行委員・事務局長だった古賀定。学会の指導制について「御題目を唱えさえすれば、ケガ、アヤマチはなく、病気もせずに、ただ生活が楽になるばかりである、という」と書き、「われわれ(=炭労)の方法と一致しないことは、いうまでもないであろう」と批判している(「大法輪」1957年8月号)。

 中央炭労の最高幹部にして、この程度の認識しか持ち合わせていなかったのである。

  「今夜 北海道へ行く」 


 1953年(昭和28年)の秋、安田は先に入会していた妹に誘われ、学会の本部総会に参加し

た。目を丸くした。かつての恩師、戸田が会長だった。しかも聞けば牧口が初代会長だという。翌

日から信心を始めた。

 57年(昭和32年)の6月末、安田は自宅前で、青年部の室長である池田大作とばったり会っ

た。自宅は目黒駅前にあり、安田の母が煙草屋を営んでいた。駅から戸田城聖の家に向かう、ち

ょうど通り道である。

 安田が残した手記には「私はかたくなって何を申し上げたかおぼえていないが」、池田がその時、

   「私は今夜、北海道へ行く」

 と語ったことが記されている。

「(先生は)私の手を固く握られ『どんなことがあっても御本尊様から離れてはいけない。信心第一

でがんばりなさい』と話してくださった」

 「そして母にも『お母さんですか。長生きしてください。そして幸福になるんですよ』と言われ、小

さな煙草屋の小窓の中に頭を入れて握手していただいた。母も嬉しさ一杯で涙にむせんでいた」

 安田は学会員として、牧口、戸田、池田の歴史を知るにつけ、”山に近づくほどに山の高さを知

るようだ”と語り残している。

 池田が戸田親子を激励していたその時、「夕張炭労事件」は天王山を迎えようとしていた。

 行く手には、日本最強といわれた労働組合が、そして池田自身の冤罪事件が待ち構えていた。

 青年時代の池田にとって、最も長い、そして苦しい夏が始まった。



1957年(昭和32年)夏──。


夕張炭労から学会員を締め出そうとする、炭労(炭鉱労働組合)の暴挙に対し


池田大作は札幌、夕張で抗議大会を指揮し、


信教の自由を守る言論闘争の先頭に立つ。


それは民衆勢力の台頭を憎む権力との長い闘争の始まりだった。


「山に近づくほどに山の高さを知る」


 安田正喬は東京の品川に住み、上大崎の郵便局長を務めていた。創価学会初代、二代、三


代、のそれぞれの会長と縁があった。牧口常三郎(初代会長)が校長だった白金小学校で学ん


だ。体が弱かった安田を心配し、牧口自身が家庭訪問に来てくれた。

 

中学受験では「時習学館」に通った。関東大震災の直後、戸田城聖(第二代会長)が23歳でつく


った私塾である。

 

「授業は小説『人間革命』に書かれている通り、いつもおもしろくてネ」(『信心二十年の貫禄』聖教新聞社)

 連載読者の皆さん、いつもありがとうございます

                          m(__)m


 次回の連載は「民衆こそ王者ー池田大作とその時


代」 青年の譜(6)「夕張炭労事件」(下)を連載しま


すので宜しくお願いします。m(__)m

 連載の読者の皆さん、いつもありがとうございます


                         m(__)m


 今日で「民衆こそ王者」シリーズの


 「夕張炭労事件(上)」の連載が終了しました。


 次回の連載は未定です。


 決まり次第お知らせしますので宜しくお願いします


                          m(__)m