初めて会った人をここまで励ますのか ②
懇談は続いた。二カ月の船旅だと聞き、池田は「船に乗ったら悪い人に貴重品を盗られないように気をつけなさい」と諭した。また寄港地を順番に聞き、「サンパウロに寄ったらこの人を訪ねなさい」「あの人にも会った方がいいよ」と紹介した。
仙子が「父は信心しておらず、がんを患っています」と告げると、その場で「安穏」と色紙に認めた。さらに出来上がったばかりの小説『人間革命』第二巻に「逞しき福運建設に 信行学 これを人間革命というか/四月二十五日」と書いて手渡した。
「アルゼンチンはいい所だと戸田先生もおしゃっておられた。私も行くからね。その時は迎えてね」。池田は笑顔で声をかけ、玄関先まで見送った。
30分ほどの懇談の最中、仙子は深く胸を打たれていた。
「先生はホームステイ先へのお土産まで心配してくださいました『いろんな人にお世話になるだろうから、お土産は大事なんだよ』と。なんの力もない:初対面の一学生部員を相手に、わざわざ時間を割いてここまで丁寧に話を聞き、励まされるのかと・・・・・・。あの時、心の底から『創価学会はすごい』と思いました」。
仙子は神戸で船に乗った。出航の直前、船員から「あなた宛てに訪ねてきた女性がいる」と告げられ、驚いて会いに行った。船内まで見送りに来てくれたのは関西の女子部員だった。
池田から関西本部に電話があり、「東京から南米に旅立つ女子部員がいる。一人で旅立つが、見送る人も誰もいないだろうから、神戸の女子部員で見送ってあげなさい」という伝言だった。
仙子は「ここまでされるのか」と信じられない思いで花束を受け取り、日本を発った。その後、仙子は結婚し、夫の善剛とともに13年間にわたってアルゼンチン・パラグアイの草創期を奔走する。