「二度と会えない人がいるから」 ①
サンパウロでは多くの行事が組まれた。池田はその合間を縫うように、2月24日には南米5ヵ国の代表200人とカメラに納まった。
また、ブラジル婦人部の代表と記念撮影した時のことである。武山節子は列の一番端に立っていた。10年前、池田が入国を阻まれた時はブラジル女子部長だった。同世代の女子部の中で最も悔しい思いをし、責任も感じていた。
「到着された先生は、私の肩を押して『真ん中に入りなさい』と。その時の写真を見ると、私が立っていた端っこに先生が立っておられます。そういう心配りをされる方が池田先生です」。
2月25日。池田は予定にない行動をとった。この日は文化祭の前日だった。イビラプエラの州立総合スポーツセンターで、大詰めの最終リハーサルが行われている。ナオト・ヨシカワは一連の行事の運営本部に詰めていた。池田がリハーサル会場に向かった、と聞いて耳を疑った。
「前日まで全く予定されていませんでした。文化祭のリハーサルに参加されるなんて、後にも先にもあの一度きりではないでしょうか」。
ヨシカワは、コウサカに替わってブラジル男子部長になったばかりだった。
「前の年の夏、ブラジル青年部の代表38人が、九州の霧島で行われた研修会に参加しました。私はその時、初めて池田先生に会いました」。
地球の反対側から来日した彼らに、池田は「ブラジルに必ず行きたいな。それが私の課題であり、望みなんだから」と語り、連日励ました。全員で池田と懇談した時、祖国に師匠を迎えられない悔しさで、多くのメンバーが涙を見せた。「泣くんじゃない」。池田は厳しく諭した。「また必ず会うんだから、泣くんじゃない。私は一生、旅を続けるから、必ずどこかで会えるんだよ」。また『感動は一瞬のものだ。すぐに消え去っていく。しかし決意は永遠でなければならない」とも語った。
「一瞬」の感動を「永遠」の決意に変える機会を、池田は一人でも多くの人々と分かち合いたかった。
リハーサル会場に向かう前、池田は「みんなが呼んでいるから行ってくるよ」「二度と会えない人がいるから」と言って宿舎を出た。同行スタッフが慌ただしく準備に走った。
じつはこの日は、池田の滞在中、ブラジルSGIのメンバーが一つの会場に最も多く集まる日だった。大文化祭の当日は来賓も多く、参加できない人が多い。そのかわりに前日の総合リハーサルを公開し、見学できるようにしていた。
最終リハーサルは午後六時から始まる予定だった。脱いだ背広をスタッフに渡し、ワイシャツの両袖を腕まくりした池田が場内に入った。