民衆こそ王者ー池田大作とその時代 「地域の灯台」──農漁業に生きる(3)9 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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  「その話は大事だ。後でメモを下さい」 ②


 こうした時、池田の発想のスケールは周りの予想を軽々と超えていく。

「インド、中国、アメリカ、メキシコ、カナダ・・・・・」。池田はゆびを折りながら次々と国名を挙げていく。

「東南アジアからは二、三ヵ国。南米からはブラジル、ペルー」「アメリカはバージニアとか、州ごとでもいいのではないか」(干拓地の)大潟村の視察もしてはどうか」。

 青年部からの提案は、提案した本人たちが呆然とするほどの早さで形になり、広がっていった。

 「農村の人は大事にしなくてはいけない」。池田の話が続いた。「私の願いは、ゆっくりと農村に行って、手を泥んこにして、ダイコンを抜いたり、ネギを抜いたりしたいということです。イモ堀りもやりたい。ナスやキュウリもとってみたい。メダカを網ですくってみたい」。


 はやくも翌日、秋田県青年部総会で、「世界農村青年会議」の開催が発表された。その後も池田は会議の成功のために労を惜しまなかった。実行委員会が行われるたび、内容を細かく聞いた。テーマもシンボルマークも東北の青年たちと一緒に考えた。

「この会議は二回、三回と継続してやっていくんだよ」とも言い添えた。

 同年九月、秋田市文化会館で「第一回世界農村青年会議」が行われた。国内の農村青年1000人に加え、南北アメリカ大陸、欧州、東南アジア、さらにオブザーバーとしてソ連(当時)、中国を含む15ヵ国から24人が参加した。カナダ、インドネシア、ブラジル、イタリア、日本の代表が、それぞれの営農体験や食糧問題への提言を語った。

 同会議はその後、滋賀、山形、新潟、福島で開催されてきた。そして昨年の9月8日、「農村」を「農漁村」に改め、新時代第一回「世界農漁村青年会議」が宮城の石巻市で開かれた。海外からは10カ国24人が参加した。報告を受け、体験発表の原稿に目を通した池田は、登壇者たちに「みんなを励ます発表を」と伝言していた。アメリカ──都市農業の挑戦。オーストラリア──故郷に尽くす農学博士。ブラジル──南米最大のキノコ栽培。そして気仙沼の復興を目指すフカヒレ水産加工・・・・・多士済々のメンバーが登壇するたび、満場の歓声に包まれた。