電話口で聴いた「変毒為薬」 ②
「じつはあの10年前にも、北海道と宮崎で感染がありました。その時はすぐ収まったので、『今回も大丈夫だ』と思った人が多かったのではないか」。
そう語る佐々木は、高校を卒業してから両親のもとで働き始めた。種付けから出産、育成、出荷まで行う一貫経営で、母豚200頭、子豚2000頭を飼育している。
畜舎で一頭でも感染すれば、全頭処分しなければならない。そればかりでなく、風評被害もすさまじかった。県内の多くのイベントや大会が延期され、観光客は姿を消した。市町村の境界には消毒ポイントが設けられた。サッカーや高校野球の試合は「一人も一般客のいない」球場や競技場で行われた。
「何の関係もない人まで巻き込まれました。あるスポーツ大会で子どもたちが遠征する時、『宮崎出身だから』というだけの理由で受け入れを拒まれたこともあった」
佐々木は延岡市や日向市、高千穂町などを含む地域の学会の男子部長だった。
「同志に会えず、幹部としての使命も果たせない。豚の様子を見ながら、恐れと戦う毎日でした」。
体調が優れない豚を見るたびに「もしや」と心を痛めた。
「テレビやネット情報を見ると家族の気持ちが沈みました。心の支えは、電話で教えてもらった池田先生の励ましでした。あの日、たくさんの人からファックスもいただいた。感謝の思いは消えません。
8月27日、口蹄疫の「終息宣言」を迎えた。感染の発表から4か月以上がたっていた。
「県内の約30万頭が犠牲になりました。多くの畜産農家が苦しみのどん底を味わいました」。
被害を受けた農家の半数以上が復帰したが、再開できない人々も多い。佐々木は今、地元の農協の青年部長消防団員も務め、二度と悲劇を繰り返さないよう、消毒対策も含めて万全の注意を払っている。
こうした体験を2012年(平成24年)、学会の「農漁村ルネサンス体験主張大会」で発表した。全国の会館で放映され、約40万人が耳を傾けた。
延岡の会館にも、地域の名士をはじめ多くの農漁業関係者が訪れた。ある組合員から「本当は俺たちがやらんといかんことを、学会がやってくれとるなあ」と声をかけられたことが、佐々木にとって何よりもうれしかった。