「私と歩みを共にしゆく友に」 ③
漆塗りは数十の工程を重ねる。木地固め、布着せ、下地塗り、中塗り、上塗り、仕上げなどの作業に一ヶ月以上かかる。父の儀一と一対一の厳しい修業が続いた。「お前は辞めたほうがいい」と見限られたこともある。
二十一歳の時、自分一人で仕上げたケヤキの板を、再び大病を患い入院していた父のもとに届けた。儀一は病床で「いいよ、これで」と言い、初めて息子の仕事を認めた。二年後、静かに息を引き取った。
信太郎はこれまで目黒雅叙園や長野の善光寺、参議院議長公邸などの漆工建築の施工・修復に取り組んできた。
それらの業績が高く評価され、2010年(平成二十二年)、塗師(ぬし)として「東京マイスター」に認定されている。学会では墨田区男子部長などを歴任してきた。
職場には毎年、中学生たちが体験学習に訪れる。必ず話すことがあるという。「父が倒れて定時制に通ったことと、結核で休学したことです」。
そして、あの色紙を支えにして生き抜いた青春時代を振り返り「たとえ来年、高校入試でうまくいかなくても、その時いる場所で明るく生きていけば、必ず道は開ける」と中学生に語りかける。
「生徒たちから『体験学習に参加して、明るく生きようとあらためて思いました』と書かれた手紙の束が届くんですよ。うれしいもんです」と笑った。