「これから裁判所にまいります」 ④
台風の被災地を駆けずり回り、大阪地裁に到着した池田は、主任検事の鈴木健彌に質問を重ねた。鈴木は「記憶にありません」「記憶にないんです」を連発した。またこの日、鈴木は次のような”証言”を残している。──あの「大阪大会」の日(一九五七年七月一七日)、検察庁の中にも学会員が配置され、廊下が学会員で埋めつくされて困った。しかしその黒山の人だかり池田君が「控えさせろ」と言ったら、あっという間にいなくなった──。
それは裁判長に悪印象を植えつけようとするまったくの虚偽だった。池田は鈴木に対する二度目の証人尋問で、この偽証を追求した。(十月三十日、第七七回公判)。その尋問の直前には、欧州九か国(西ドイツ、イギリス、フランス、オランダ、デンマーク、スペイン、スイス、オーストリア、イタリア)の一一都市を歴訪し、現地の学会員を激励している。帰国して一週間後の出廷になった。
この日、裁判の流れが変わった。