民衆こそ王者ー池田大作とその時代  青年の譜(4) 「山口闘争」の二十二日 17 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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  「真剣さは形に出る」 ①


 池田は青年部を厳しく育てた。八幡製鉄所で働いていた塩出啓典。福岡の男子部隊長だった。池

田が下関に来ると聞いて東陽館に通った。

「三交代の不規則勤務、電車で一時間以上かかる組織。思うように活動できず、その悩みを素直に

先生に打ち明けました」(塩出の手記)。


 池田は「どんな幹部でも悩む点だよ」と言い、「ところで今、君の鞄の中には何枚くらい葉書が入っているの」と尋ねた。塩出は1枚も持っていなかった。「真剣さは必ず形に出る」。池田は厳しく諭した。

「何としてもメンバーと会いたい、人材を出したい。そう思うなら徹底して手紙や葉書を書けばいいじ

ゃないか。君は悩んでいるのではなく、悩む格好をしているだけだ。時間は与えられるのではなく、

どう作り出すかだよ」。


 埼玉の志木支部から参加した桑名義治(北九州総県主事)。

「明治大学を卒業したばかりでした。1回目は下関、防府、山口、岩国まで行きましたが、先生の話

の内容はほとんど聞いていないんです」。

 理由がある。東陽館の御書講義の後、池田から「先発隊で座談会に行き、私が着くまで担当しな

さい」と言われたのだ。この時、桑名は入会してまだ2年2ヶ月。「とても無理です」と断ろうとした瞬

間、「できない者に僕は頼まない。なんで君は最初からできないと決めてかかるんだ!」と一喝された。

「先生が到着されたら次の拠点に行く連続で、もう必死でした。地元に戻ると『ずいぶん折伏の力が

ついたなあ』と感心されました。最高の訓練でした」。