「真剣さは形に出る」 ①
池田は青年部を厳しく育てた。八幡製鉄所で働いていた塩出啓典。福岡の男子部隊長だった。池
田が下関に来ると聞いて東陽館に通った。
「三交代の不規則勤務、電車で一時間以上かかる組織。思うように活動できず、その悩みを素直に
先生に打ち明けました」(塩出の手記)。
池田は「どんな幹部でも悩む点だよ」と言い、「ところで今、君の鞄の中には何枚くらい葉書が入っているの」と尋ねた。塩出は1枚も持っていなかった。「真剣さは必ず形に出る」。池田は厳しく諭した。
「何としてもメンバーと会いたい、人材を出したい。そう思うなら徹底して手紙や葉書を書けばいいじ
ゃないか。君は悩んでいるのではなく、悩む格好をしているだけだ。時間は与えられるのではなく、
どう作り出すかだよ」。
埼玉の志木支部から参加した桑名義治(北九州総県主事)。
「明治大学を卒業したばかりでした。1回目は下関、防府、山口、岩国まで行きましたが、先生の話
の内容はほとんど聞いていないんです」。
理由がある。東陽館の御書講義の後、池田から「先発隊で座談会に行き、私が着くまで担当しな
さい」と言われたのだ。この時、桑名は入会してまだ2年2ヶ月。「とても無理です」と断ろうとした瞬
間、「できない者に僕は頼まない。なんで君は最初からできないと決めてかかるんだ!」と一喝された。
「先生が到着されたら次の拠点に行く連続で、もう必死でした。地元に戻ると『ずいぶん折伏の力が
ついたなあ』と感心されました。最高の訓練でした」。