昼は太陽に向かって夜なら月に向かって ①
第一部隊長時代の対話からは、日蓮の仏法に「現代」の血が通い、庶民の生活に根づいていく過程が垣間見える。
「人間は1個の生命であり、宇宙もまた1個の生命である」──池田が「祈り」について語った例え話を、甚野が残していた。
──たとえば私たちの身体の細胞が一つ、怪我をしたとする。細胞は昼も夜も、脳に「痛い、早くなんとかしてくれ」と訴える。そこで脳は「それほど痛いのか、苦しいのか。よし、その願いを聞いてやろう」ということで、薬をつけるなり、医者に見せるなりして全快する。細胞にとっては切なる願いが叶ったことになる。
信心も同じだ。私たちの祈りが宇宙に満ちて、相手に通じる。真剣な祈りは、ラジオの電波のように、この宇宙のどこまでも届き、願いが叶う──。
誰でもわかるような比喩を交えて、仏法の原理に迫った。
菊田四郎(千葉・習志野市、副本部長)はこ江東区に住み、タクシー運転手をしていた。
「あの日は四ツ谷駅の近くでお客さんを乗せて、日本橋方面に行きました。靖国通りの九段坂あたりで、気づいたんですよ」。
バックミラー越しに菊田は「池田部隊長ではありませんか」と声をかけた。「はい。ぼくのことを知っているんですか?」「第一部隊の菊田と申します」。
「儲かりますか」と池田。「少しも儲かりません」と答えた。
「車中でいろいろな話を聞いていただきました。不規則な勤務形態で、夜起きて麻に寝ることもあった。なかなか御本尊に向かう時間がとれずにいました」。
池田は「昼間は太陽に向かって題目を唱え、夜だったら月に向かって題目を唱えればいいんだよ」と励ました。
「そうなのか、と心が軽くなった。あの一言で信心に目覚めました」と菊田は振り返る。