民衆こそ王者ー池田大作とその時代  青年の譜(2) 第一部隊長の日々 9 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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   「勉強せぬ者はわが弟子ではない」


 弘教とともに最も力を入れたのは教学だった。第一部隊長就任の三ヶ月後、第一回男子青年部総会で池田は「青年と教学」をテーマに登壇している。「勉強せぬ者はわが弟子ではない」という戸田の指導を紹介し、「教学なき戦いは感情であり、無意味である」と訴えた。

 「ともかく教学の研鑽には厳しいものがあった」(佐久間昇)。

「第一部隊で最初に学んだ御書は、たしか『観心本尊抄』でした」(並木辰夫)。「撰時抄」「当体義抄」「如説修行抄」「顕仏未来記」「妙密上人御消息」・・・・・これらは第一部隊で研鑽を進めた御書の一部である。

 戦後の創価学会の再建は、戸田城聖の痛切な反省に基づいていた。戦争中の弾圧で、牢獄につながれた最高幹部の大半が退転し、組織は壊滅した。なぜなのか──池田は戸田との対話を回想しながら、こう綴っている。

 「戸田先生は、戦争中の大法難を顧みて、教学の深化の必要を、しみじみと感じておられた。

 ──それは、信心の過程において、『このような難、このような現象は、こう捉えていくべきである』『このような場合には、こうしていくべきである』等と、御書には明確に記されている。このことを、弟子たちに深く教える暇がなかった、と。教学なきところに、戦前の学会は敗北した」(「聖教新聞」2001年10月19日付)


 どうすれば教学に取り組みやすくなるか。張り合いを持てるか。皆で知恵を絞った。第一部隊で独自に弁論大会を企画し、「現代思想と宗教」「原水爆禁止を論ず」「生活と宗教」などをテーマに議論を重ねた。

 また「教学一般用語120題」という教材もつくった。その範囲は「三障死魔」「法華経不軽品の意義」「無作三身」「草木成仏」などの基本知識に加え、仏法史上の人物(「阿闍世王(おじゃせおう)」「天台」「鳩摩羅什(くまらじゅう)」)、歴史(「熱原の法難」「身延離山の原因」)、さらに「心理と価値の区別」「意識と認識」「弁証法」などの哲学・思想一般にも及んだ。

 「書く」機会も増やした。下町の第一部隊は町工場の働き手が多かった。

「みんな書くことは大の苦手だった。(笑い)。そんな私達に、先生はよく会合や登山会の感想文を書く訓練もしてくださった。今考えると冷や汗ものだが、その感想文を集めて『大白蓮華』誌上に掲載するような配慮までしてくださった」(曽根原敏夫)。

 「まずやらせることが訓練の基本だった。数字に弱い人には会計をやらせてみる、というように、なぜ苦手なことをと思う人もいたが、そうして力をつけてくださった」(鈴木政行)

 「『夜討ち朝駆け』でご迷惑をかけたと思います。私は総会の前日の夜遅く、研究発表の原稿を持ち込んだことがあります」(曽根原)

 「よく来たな」。池田は心快く秀山荘に迎え入れた、この年の末に行われた男子部総会で、第一部隊の結果は1000人を超えた。