順子が集中治療室に駆けつけた時、人口呼吸器をつけ、足をロープで吊られた広明は辛うじて意識を
取り戻していた。全身打撲で片肺がつぶれ、肋骨は14ヶ所も折れ、骨盤も砕けた。医師から「肺炎を併発
したら極めて危険です。いつ歩けるようになるかもわからない」と告げられた。小学6年だった長女の昌美
は鎖骨を折ったが入院せずにすんだ。順子は昼夜を問わず唱題を続けた。
事故直後の激励に続き、年明けには池田大作から1枚の写真が届いた。順子はその写真を抱きしめて
病院に向かった。ベットで横たわる広明に見せた。
「それは青空の下、そびえ立つ鉄塔の周りに満開の桜が咲き誇る、堂々たる写真でした」(広明)。
池田が東京の八王子で撮った1枚である。
「今年の桜が咲いているうちに、必ず退院しよう」。夫婦で決めた。「祈るうち、『この鉄塔のように頑丈な体
になるんだ』という先生からの励ましだと思うようになりました」(順子)。
広明は肺炎を起こしたが、もちこたえた。やがて人口呼吸器が外れた。車いすでロビーに出て、仏法対
話を続けてきた知人たちにかすれた声で電話した。見舞いに飛んできた人には病室で対話を重ねた。
4ヶ月が過ぎた。小倉の桜が盛りを過ぎようとする頃、広明は歩いて退院した。医師の予想をはるかに超える回復だった。
「同じ時期に入院していた知人が昨年、信心を始めたんですよ」と笑顔で語った。
写真は、自然や人生の一瞬一瞬の姿を光で切り取る。その写真が、今度は人生を照らす「光」となるこ
ともある。これまで池田は折に触れて写真を撮り、幾多の人々に贈ってきた。今、ここに、池田が29歳の
秋に撮った1枚の写真がある。