「負けてはいけないよ」
「あなたには信仰があるんだ」
苦労を重ねる母たちを励ましてきた池田。
会長を辞任し、身動きが取れなかった時期、
妻の香峰子が信濃町の創価婦人会館で、
各地から訪れた婦人部員と懇談を重ねた。
子育てや家事の工夫から、病魔との闘いまで、
母と母との語らいは607回に及んだ。
1963年(昭和38年)11月16日、愛知の豊川市。4000人が集った大会の後、35歳の青年会長、池田大作を囲んで代表メンバーとの懇談が始まった。
最後列で手をあげた早川あや子。思い詰めていた。立ち上がり、すーっと深呼吸した。
「蒲郡の早川です!先生、今日は病院から夫を連れてまいりました」。夫の和男が寄り添っている。
「よく連れてきたね!」「ご主人の病状はどうですか」。事前に報告を受けていた池田。夫妻に温かな眼差しを向けた。
42歳の和男。3ヶ月前、末期の胃がんで入院した。
「切らなければ、もって数ヶ月の命。切ったとしても数年生きられるか、すぐダメになるか」。主治医もなかばあきらめていた。