会長就任直後の1960年初頭。あるルポライターの取材を受けた。
焦点は「幸福とは何か」。
「では池田会長、その絶対的な幸福とは、創価学会に入る以外にないというんですか」
大きく手を振った。「そんな手前ミソを言うつもりはありませんよ」。
だが絶対的というからには、よほどの頭脳や経済力、精神力などが必要だ。それこそ超人的な能力が。
ライターの疑念打ち消すように、会長は語気を強めた。
「仏法には、そういう無理がないんですよ。人間とは何か。何をすべきか。それを極めて合理的に無理なく説ききっている」
はっとした。
仏法には無理がない。
インタビューの核になる言葉だった。
「だから誰もが生きる目的を持ち、強くなれる。主体的な自らの宿命を転換していけるようになる。そうした個々の宿命転換の総和が、自然と、社会、国、人類の平和につながっていく」
学会員は超人的な活躍などで平和運動を進めているわけではない。無理なく、自然に、己の生き方の延長として、いつの間にか平和というテーマに関わっている。そんなケースが圧倒的に多い。