平和・行動と祈り          仏法は「無理」がない | EIKOの気まぐれ闘病日記

EIKOの気まぐれ闘病日記

このブログは、日蓮仏法の信心を根本に、双極性気分障害と闘うEIKOのブログです。日々の出来事や家族のこと、創価学会や池田名誉会長のことを書いていきます。
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 会長就任直後の1960年初頭。あるルポライターの取材を受けた。

 焦点は「幸福とは何か」。

「では池田会長、その絶対的な幸福とは、創価学会に入る以外にないというんですか」

 大きく手を振った。「そんな手前ミソを言うつもりはありませんよ」。

 だが絶対的というからには、よほどの頭脳や経済力、精神力などが必要だ。それこそ超人的な能力が。

 ライターの疑念打ち消すように、会長は語気を強めた。

「仏法には、そういう無理がないんですよ。人間とは何か。何をすべきか。それを極めて合理的に無理なく説ききっている」

 はっとした。

 仏法には無理がない。

 インタビューの核になる言葉だった。

「だから誰もが生きる目的を持ち、強くなれる。主体的な自らの宿命を転換していけるようになる。そうした個々の宿命転換の総和が、自然と、社会、国、人類の平和につながっていく」


 学会員は超人的な活躍などで平和運動を進めているわけではない。無理なく、自然に、己の生き方の延長として、いつの間にか平和というテーマに関わっている。そんなケースが圧倒的に多い。