平和・行動と祈り        金網越しの父と母 | EIKOの気まぐれ闘病日記

EIKOの気まぐれ闘病日記

このブログは、日蓮仏法の信心を根本に、双極性気分障害と闘うEIKOのブログです。日々の出来事や家族のこと、創価学会や池田名誉会長のことを書いていきます。
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 「元気な?」

 「元気だったか?」

 お互いに一言交わしたっきり。嗚咽が続く。30分の面会時間は、たちまち過ぎた。

 長い廊下を、うつむきながら歩く女性とすれ違った。ある戦犯の夫人だった。この日の深夜、元首相・東条英機の絞首刑が執行された。伊藤の父は受刑者として、後片付けをさせられた。


 仮釈放され、新居浜に戻ってきた父は、すっかり無口になった。何かを忘れるように酒に溺れた。

 創価学会で信仰と出会った伊藤だが、誰にも打ち明けられない悩みがあった。

 なぜ父は戦犯になったのか。私は犯罪者の娘なのか。問いただせないまま、重く時が流れた。

 そんな彼女の心に響いたのが、小説『人間革命』第三巻「宣告」の章だった。物語の舞台は、極東国際軍事裁判(東京裁判)である。

 1966年(昭和41年)の12月22日から聖教新聞で連載開始。奇しくも、巣鴨プリズンで父と面会した日だった。

 東京裁判を真っ向から論じている。勝者が敗者を裁く。そこに正義があるのか。戦勝国なら人を処刑しても罪にならないのか。父も戦争の犠牲者であることを改めて思い知った。

 「宣告」の章に背中を押され、戦犯について聞きたい、と父に初めて問うことができた。学会が戦争証言を集めている時期である。

 「ええが。済んだことじゃが」と言っていたが、一つ一つの記憶が鮮明だった。捕虜全員の名前すらも、高熱を出した捕虜のため、自ら薬を求めて飲ませたこと。その捕虜の証言で減刑されたこと。決して非人道的な父ではなかった。

 貝のように押し黙っていた過去が明かされ、父と娘の長い戦後が終わった。