1994年(平成6年)6月8日、アンの兄君である皇太子チャールズは、イングランド南西部ハイグローブの私邸で来客を待っていた。
プライベートな場所である。親しい友人しか招かない。
イギリスの皇太子は、自ら事業を行うことで、生活費や活動経費のかなりの部分を自弁している。この地でも有機栽培の食品を販売し、売り上げをチャリティー活動等に投じてきた。
当時、チャールズは孤独だった。
92年に皇太子妃ダイアナと別居(96年に離婚)して以来、マスコミのバッシングの的にもなっていた。
池田会長を乗せた車が、コッツウォルズ地方のなだらかな丘陵地帯を抜けていく。
草をはむ一頭の羊が頭を上げた。青空を白い雲がゆっくり流れていく。見渡す限りのますたーどの花が眩しい。イギリス人の郷愁を誘う風景である。
「はちみつ色」の建物がぽつん、ぽつんと点在している。地元で採れるライムストーン(石灰岩)で造られたものだろう。
車は私邸へと続くゲートをくぐった。庭を徐行する。丹念にガーデニングされていた。
ツゲを刈り込んだ幾何学模様の生垣。アヤメ。ワスレナグサ。チューリップ。
館の前で車は止まった。三階建て。バッキンガム宮殿をコンパクトにしたような建造物である。
約束の午前10時過ぎ。主が一階の玄関で出迎えていた。ダブルのグレーのスーツがよく映えている。
大英帝国皇太子(プリンス・オブ・ウェールズ)。正式名をチャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージ・マウントバッテン=ウインザーという
「池田会長のことは、よくうかがっています。お会いするのを楽しみにしていました」
「こちらこそ、お招きにあずかり光栄です」
握手すると、ひごろの農作業のためか手が節くれ立っていた。スマートな貴公子然とした外見と違い、じつに男性的な感触である。
随行した池田博正(副理事長)に「以前、お会いしましたね」と声を掛ける。
この数年前、米アルバカーキ郊外のユナイテッド・ワールド・カレッジの卒業式を訪れた際、池田会長の名代として出席した博正とあいさつを交わしていた。
「庭をご案内しましょうか?」
会見時間は限られている。丁重に辞退した。
リビングに入った。窓からの採光は抜群である。ソファに会長、通訳、池田博正。
「コーヒーはいかがですか、それとも紅茶に」
愛犬が部屋を駈けずり回っている。