イギリス・ロンドンのバッキンガム宮殿。
巨大な門柱の上から獅子とユニコーンの彫刻がにらみをきかせている。それぞれイングランド、スコットランドの象徴である。
同じデザインが配された正面ゲートが、衛兵の手で開かれた。
濃紺のロールスロイスが、ゆっくりと宮殿へ消えていく。だれが乗っているのか。柵の外から観光客が見つめている。
1989年(平成元年)5月25日。宮殿内の一室は夕刻が近づき、外光が弱まった。シャンデリアがまぶしさを増す。部屋の四隅の白熱ランプも点灯し、執務に十分な光量をたたえている。
プリンセス・ロイヤル──現エリザベス二世の第一王女であるアンが、執務机で書類の束に目を通していた。
18歳から公務を果たしてきた。幾十もの団体の「会長」「総裁」の肩書きがある。名前だけの”お飾り”は性に合わず、多忙な日々を選んできた。
もうすぐ来客の時間である。
英国社交界きってのベストドレッサー。ブルーに白い水玉の浮いたワンピースを着ている。シンプルな服装から私的な会見とわかる。
「お見えになりました」
執事が伝えると、王女は机上を整理して静かに立ち上がった。