1988年(昭和63年)4月。花の都・パリ。フォーシーズンホテル・ジョルジュサンクは熱気に包まれていた。美術関係者が集うレセプション、イブニングドレスで着飾ったパリジェンヌも詰めかけ、立錐の余地もない。
華やかな美術界も、根本は信用が物を言う。ルーブル、ベルサイユ、ポールゲッティ・・・・・。世界に名だたる美術館は、それにふさわしい重厚な社会的信用を勝ち得ている。
東京富士美術館は、まだまだ無名の存在である。
ところが、このレセプション会場で、フランス美術界の大立て者が、目をむいた。
東京富士美術館の創立者は宗教団体のリーダーだという。その人物は、大学から幼稚園までの教育機関をはじめ、音楽団体、はたまた政党まで創立している。極東の島国の人間にしては異例のスケールではないか。
さらに東京富士美術館の関係者から話を聞いて顔色を変えた、
「えっ!あのバロワン会長と親しい人物なのですか。そんな日本人がいたとは・・・・・」
ミシェル・バロワンが、小説『人間革命』を手にしたのは、1970年代の後半だった。
人間の内面の変革が社会を変え、一国を変え、やがて人類の運命をも転換してゆく。壮大なテーマに魅かれて興味深く読んだ。著者に一目会いたい。折からフランス訪問中の池田会長をパリ会館まで訪ねもしたが、すれ違いに終わった。
その後も密かに出会いの機会を求めていた。それだけに、東京富士美術館の担当者が訪ねてきた時は、驚いた。あの池田会長が創立者というではないか。
直接の面識も、交流もない。それでいて会長との邂逅の時を人知れず待っている人。そしてまた「ぜひ池田会長を、この人と会わせたい。会わせてみたい」と念願している人。
池田会長の欧州での足跡を辿ると、そんな人物の多いことに気づかされる。