パリ。大手保険会社の会長室で折衝が始まった。
ミシェル・バロワンは、いすに深く腰掛け、たばこをくゆらせている。テーブルをはさみ、前かがみに身を乗り出したのは、東京富士美術館の渉外担当者である。
1987年(昭和62年)10月に同美術館で「フランス革命とロマン主義展」が開幕する。開催の意義、目的、趣旨を説きはじめた。フランス本国公認行事のお墨付きが取れるかどうか。展示会の"格付け"が決まる。
バロワンは、フランスの国家的プロジェクトである「革命200周年委員会」の会長。フランスの政財界に強大な影響力をもつ男である。後に日本の人気劇画「ゴルゴ13」にも、劇中の主要人物として登場したほどである。 実力者バロワンには日々、同様の案件が大量に寄せられる。甘く裁可したら、フランス共和国の格が下がる。
渉外担当者にとって、事情は百も承知である。手強い相手だ。しかし美術館の創立者の名前を告げた瞬間である。はっとバロワンの表情が動いた。
「ウィ(分かった)」
たばこを灰皿でねじ消し、別室に消えた。小さな金属音が聞こえる。旧式のタイプライターで書類を作成しているようだ。「これでいいでしょう」
バロワンの手から、署名入りの2枚のレターヘッドを受け取った。
急転直下。担当者は半信半疑である。公認証書であることは間違いない。バロワンの直筆サインが入っている。しかし、どれほどの価値を有するものなのか。慌てて知人の在仏外交官に"鑑定"してもらった。
外交官は、まずヘッダーの「レピュブリキ・フランセーズ(フランス共和国)」の文字を見た。おもむろに天井のライトに紙を透かす。
けげんそうに目を向けてきた。
「あなたは、どうやってこれを手に入れたんですか?」
気色ばんだ表情にも見える。
「ご覧なさい、これを」
ライトにかざすと、女性の肖像が透かして見える。まぎれもない。フランス共和国の正式な国家用箋。
「わかりますか。私たち外交官が、これを得るためにどれほど苦労しているか」
東京富士美術館での展示会に「フランス革命・人権宣言200年記念公式行事第1号」とタイトルがついた。