室内にはタバコの煙が、もうもうと立ちこめている。1975年(昭和50年)4月。映画『続・人間革命』製作会議。
田中友幸ら首脳陣は難問を抱えていた。山本伸一のキャスティグ。
「この選択を誤れば、作品全体の失敗につながる・・・・」
田中は腕組みしたまま、固まった。
「選考委員会」を立ち上げた。
プロダクション、劇団、歌舞伎界や大学の演劇部からも推薦を募った。一般応募も合わせ1000人近くの履歴書が山積みされた。
引き続きメガホンを執る舛田利雄は、300人に絞り込む。全員、撮影所に呼んだ。直接この目で確かめる。
呻吟の末、4人を選ぶ。戸田会長と伸一が出会う座談会シーンを実際にセットに組んだ。丹波や学会員役を集め、カメラテスト。候補者を順番に、会場の後方に座らせる。
ここで「絵」になるか。丹波と「あ・うん」の呼吸を取れるか・・・・・・。
舛田の視線が一人の青年に絡みついた。あおい輝彦。
「目の感じが池田会長に近いかな。円満な目をしている」
演技は上々。ただ年齢が気になった。27歳。それに顔が売れすぎている。
ジャニー喜多川がプロデュースした歌手グループ「ジャニーズ」の一員だった。後に一世を風靡していくジャニーズ系アイドルの草分けである。紅白歌合戦で軽快にステップを踏む姿が目に焼きついて離れない。
山本伸一の清純なイメージに合うだろうか。摺れた印象にならないか。
舛田は賭けた。
「よし、あおいでいこう。できあがっているものは根底から破る。新しい味を引き出してみぜる」