記念撮影会を終えた会長が、宿泊先の十和田湖畔のホテルに着いたのは、6月13日の夕刻である。翌14日。朝から気にかけていることがあった。新聞各紙に目を通したいが、山間部である。早朝の配達は望めない。
その会長のもとへ、市街地から朝刊数紙を届けようと、十和田の学会員・小川政志たち3人は車を走らせた。
午前8時ごろ、後部座席の樋口晴子が声をあげた。「あれっ、今の車は!」
会長車と十和田湖畔ですれ違い、あわててUターン。後を追うと奥入瀬渓流沿いの道に入った。緑が濃い。水音が樹間に反響している。
曲がりくねった道の途中で、車が止まった。会長が「白糸の滝」のあたりで遊歩道に降りていく。100メートルほど離れた地点で小川たちも停車した。新聞を手に近寄る。突然、岩陰から声がした。
「君のことは知っているよ」会長が歩み寄ってくる。
「僕も知っています!」予期せぬ返事に会長は大笑い。カメラを構え、香峰子婦人も入った4人を被写体にシャッターを切った。
「奥入瀬は、どこをみてもいいね。今の写真送るからね」
撮り終えると、水際で新聞を広げる。日中の橋渡しを託した公明党の代表団が、第一次訪中に出発する直前だった。方中断に関する記事がないか。目を凝らしてページをめくる。
「誠実の二字で友好を広げて欲しい。それが私の願いだ」と新聞から顔をあげて言った。
今日、池田会長が日中友好の実現に果たした役割は誰もが知る。公明党代表団の訪中も、周恩来をはじめ中国首脳と会長の信義あればこそであり、あえて会長が「具体的な外交の橋渡しは、宗教者である自分よりも党に任せたい」と決断したからにほかならない。
後年も会長は語っている。「誰がやったとかではない。日中の間に友好が結ばれることが大事だ。あとは枝葉だ」その心情の一端が奥入瀬での一言にも表れている。
この時の奥入瀬を思い浮かべて詠んだ詩が「滝の詩」である。
滝の如く 激しく
滝の如く 弛まず
滝の如く 恐れず
滝の如く 朗らかに
滝の如く 堂々と
男は
王者の風格を持て