この日、「入場券を持っていたのに参加できなかった」人がいる。現・総九州長の山本武である。当時、大分の書記長だった。5月1日、山本は大分にいた。「”地元の坊主が、学会員の地元議員に脱会をそそのかした”との急報が入ったんです」。激怒した山本は、寺に乗り込んで大論争。「そのせいで参加できなかった」と悔しがる。
夜更けまで、「信教は自由だ。しかし、聖職者にとって信徒は『目的』ではないか。その信徒を自分の『道具』にするな!」と抗議し、一睡もせずに福岡へ向かった。
5月2日の朝。山本は、九州平和会館で出発の時間を待つ、池田のもとに飛び込んだ。管理者室。池田は縁側で一人、窓の外を眺めていた。
振り向いて、開口一番「疲れただろう」とにっこり笑った。「私も以前、立川で(僧侶たちと)6時間、話したんだ」。
僧俗和合に心血を注いできた池田だった。「6時間・・・・」。僧の傲慢に対する怒りを、師匠に伝えようと意気込んでいた山本。立ったまま二の句が継げなくなった。「血気にはやる弟子の思いをすべて汲んで、励ましていただいたのだと思います」。
福岡空港へ向かう時間が迫る。九州平和会館で池田は、会いに来た大勢の学会員と、何回にも分けて記念撮影をしていた。出発の寸前まで激励を続けた。
同会館の管理人を努めていた丸岡善治らは、「先生にも召し上がっていただこう」と、日本蕎麦を準備していた。しかし道が混雑して、その蕎麦が届かない。
「仕方なく、会館警備の牙城会が夜食で食べる、カップラーメンを皆で食べるしかないか・・・・・・あの時は冷や汗をかいた」と丸岡は苦笑い。出発直前に日本蕎麦が到着。池田は、岡持ちで蕎麦を運んだ川内雅子らの真心に感謝して箸をとった。
まもなく空港に向かった池田。上空を飛ぶ機影を丸岡や山本たちが見送ったのは、正午前である。
飛行機は、大阪国際空港を目指して飛んだ。”変化の風”が列島の西から吹き上がりつつあった。