公明党の環境実績と政策 | EIKOの気まぐれ闘病日記

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地球温暖化が世界的な大問題となっている昨今ですが、公明党は結党当初から公害問題に対して真正面から闘ってきました。


富山県の神通川流域では、咳をしただけで骨折するという病が、大正時代から多発していました。

原因は、上流の鉱山から大企業が垂れ流していた排水に含まれている、カドミウムでした。

地元の医師・萩野 昇氏が告発しましたが、大企業は住民に手を回し、萩野医師の医院には患者が来なくなりました。


そんな折、昭和42年5月25日、公明党の元参議院議員、故矢追秀彦が萩野医師の元を訪ねました。

萩野医師からスライドで患者の実態を見た矢追議員は「こんな悲惨があるのか!これは公害だ」と実感しました。


翌日矢追議員は、参議院産業公害対策特別委員会で質問に立ち、初めてイタイイタイ病を取り上げました。

しかし政府は「原因がわからない」の一点張りでした。


それでも矢追議員は、一歩も引きませんでした。

公明党は、本格調査を開始して、現地に何度も足を運び、患者1人ひとりの話を聞いて回りました。

その姿に、地元の人々も心を動かされていきました。

「おい、公明党の調査団を見たか?」

「おれが見たときは、神通川の水を飲んでいたぞ」


そして年末の12月6日、患者の代表3人が公明党の仲介で上京し、矢追議員と一緒にイタイイタイ病の救済対策を直訴しました。


そして、昭和43年5月8日、厚生省の委託研究員重松班が、原因は鉱業所の諸施設からの排水が主体との、最終結論をもとに、イタイイタイ病を公害と認定。

地域住民は、土地を追われることを覚悟して、同年3月原因企業を提訴し、昭和47年に勝訴が確定しました。


厚生省委託研究班の班長であった、重松氏は「イタイイタイ病が、より早く広がっていた水俣病より早く「公害病」に認定されたのは、公明党の尽力である」と語っています。


東京大学で公害問題に取り組み、水俣病の民事訴訟の補佐人を努めた宇井純氏は、公害問題で活動していると、必ず公明党の運動員に会ったと証言しています。


公明党参議院議員で、環境政治家である、加藤修一氏は「環境ホルモン」の危険性を説いたのをはじめ、京都サミットの開催に尽力しました。

ノーベル平和賞を受賞した、ワンガリー・マータイ博士に「もったいない」の言葉を教えたのも加藤議員でした。


現在は、小児喘息やアトピー性皮膚炎の増加など、子供たちの心身の異常が増加しているのを受け、来年秋から環境省による「子供の健康と環境に関する全国調査」を開始する準備をしています。

ダイオキシンやカドミウムなどの科学物質が、子供たちの健康にどう影響しているのか、10万人規模の調査を予定しています。


公明党は、国会議員から市議会議員まで、3000人のネットワークを駆使して行動

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