日蓮大聖人は「顕仏未来記」において、インドの釈尊、中国の天台大師、日本の伝教大師(最澄)と日蓮大聖人
とは、三に一を加えて法華経の行者(法華経を弘める者)の「三国四師」と言われている。
先程釈尊の出世の本懐は「法華経二十八品」を説いたことでした。
「天台大師」の出世の本懐は「摩訶止観」の中で「一念三千の法門」を説いたことです。
「一念三千」の一念とは、一瞬の生命の事です。三千という数は、十界(人間に具わっている地獄界から仏界までの生命の状態)と十界互具(生命に十界が具わっているということ)を掛け合わせた「百法界」に十如是
(如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・本末究竟等)と「三世間」(五陰(ごおん)世間・衆生世間・国土世間)を掛けた数のことです。
十界×十界×十如是×三世間=三千世間となります。
「伝教大師」は比叡山にて一切経を学び、法華経こそ唯一の正法なることを知り、天台大師の三大部等を学び
弘教に邁進した。三十六歳にして、南都六宗の碩徳十四名を高雄山において桓武天皇の下、ことごとく邪義を打ち破り、帰伏状を出さしめた。
「伝教大師」は、像法時代の法華経の広宣流布によって、平安時代の文化を生み、平和な時代を実現させた。
「日蓮大聖人」 は釈尊在世の脱益(釈尊の教えによって仏の境涯を得ること)の法は、法華経涌出品(ゆじゅっぽん)第十五の後半から、如来寿量品第十六の一品と、分別功徳品第十七の前半であるのに対し、日蓮大聖人の末法の下種(仏が衆生の生命に成仏の種子を下すこと)の仏法は、題目の五字「南無妙報連華経」であるということです。
大聖人は真実の一念三千について、法華経寿量品の文(もん)に秘沈(文の底に沈められている)されていると述べられています。
日蓮大聖人は、南無妙法連華経と唱える時は、生命に本来具わる如来が現れる。題目を唱える声を聞いた人々は無量阿僧祗劫(むりょうあそうぎこう)という長い間に積み重ねた罪を消滅させることができる。南無妙法連華経と聞いて一瞬でも歓喜の心を起こすときは即身成仏する。たとえ信じなくても、下種となり、熟して必ず成仏する。
伝教大師が説いた「一念三千の法門」は、像法時代の教えであり、末法では何の功徳もない教えなので「理の一念三千」というのに対し、日蓮大聖人の下種仏法は、仏の教えを聞いていない凡夫でも、南無妙法連華経を唱えることで、成仏できる教えなので「事の一念三千」といいます。
日蓮大聖人の「出世の本懐」は、末法万年の一閻浮提総与(全世界の人々に与えられた)の大御本尊を、御図顕されたことです。
次回は、十界について勉強したいと思います。