水曜日。
来客があった。
アメリカのメーカーからの工場見学。
いつものように、私も同席。
英語で会社案内のプレゼンがあるから。
VIPルームで名刺交換を済ませ、全員が席に着いた。
相手側は、某メーカーの販売部長と、エンジニア。
それにアメリカから同行してきた、うちの本社の営業の人。
こちら側は、社長、私、製造管理の課長、製造部の部長が出席。
監査でなく、見学だから、雰囲気も固くない。
うちと同じグループの九州の工場に監査に行く。 うちは製品群が違うけど、社の主力製品はうちが組み立ててるから、見学したいと2時間の予定で承諾した。
ちょっと雑談をしていると、総務の女子二人がワゴンを引いて、入ってきた。
お客様二人にコーヒーとウェットタオルをだす。
続いて同行してきた本社の営業の人に。
ワゴンが、こちら側に回って来る。
社長の前にコーヒーとウェットタオルが置かれた。
ここでいつも私はスルーされ、隣の人にコーヒーが出されるのを、悔しい思いで見ていた。
私が、お客さんに社長の訳をしていたら、腕がすっと伸びて来て私の前にコーヒーが、そっと置かれた。
「え?」って思ったけど、通訳に集中した。
その後も、ちょっと雑談が続いた。
同席していた製造管理課の課長さんは英語ができるから訳さなくてもいい。
しばらくして私の番になった。
英語で会社案内のプレゼンをする。
今日は単なる見学だから、15分くらいのショートバージョン。
その後、お客さんからの質問などを受ける。
すべて無事に終わって、工場の案内になった。
一人ひとりVIPルームを出ていく。
受付の子は二人とも、VIPルームの出口で一人ひとりに出ていくときお辞儀をする。
私にもしてくれた。
私は、「ありがとう。」って小さい声で笑顔で言った。
とっても晴れやかな気持ちになれた。
わかったことがある。
つらいって思う事があっても、そのつらさは永遠には続かないってこと。
人は辛さから逃れようとするけれど、実は、逃げるより、勇気をもって立ち向かった方が、自分のためになるってこと。
勇気をもって立ち向かうということは、辛さという気持ちに対してであって、相手に対してじゃないよ。
相談できる人がいるって、とても大切だってこと。
その相談できる人が、きちんとしたアドバイスをくれる人なら、もうこれは宇宙の価値に匹敵するくらい、貴重であること。
午前中、顧客の訪問に追われて、メールの処理ができなかったので、定時を過ぎてからとりかかった。
社を出る時は6時を過ぎてた。
電車が地元の駅についた。
ここは普通電車しか止まらないので、降りる人たちも少ない。
20人くらいかな。
その少ない人の流れに沿ってホームの階段を降りて、改札口を出て、いつもの通りコンビニを避けて遠回りしようとしたら、後ろから声をかけられた。
「エイコさん」
女性の声。
誰だろうと思って振り返ったら、ステファニーだった。
無視して、前を向いて歩きだしたら、走って追いついてきて、私の前に立った。
「エイコさん、少しだけ。 話だけ聞いてください。」
ちょっとだけ息が弾んでるステファニー。
表情は真剣だった。
私は、2、3秒考えた。
「あいつに頼まれて来たの?」
私は、まっすぐに彼女の目を見て聞いた。
「違います。」
ステファニーは、はっきりと言った。
「エイコさん、ごめんなさい。 私が悪いんです。」
彼女が続けた。
「私、エイコさんにずっと憧れてて。 エイコさんが彼のバイクの後ろに乗ってるの、すごく格好いいなって思って。 それで、一度私も乗ってみたいって思って。 彼にお願いしたんです。 たったそれだけです。 それ以上は何もありません。本当です。 彼も、ずっとしょげちゃってて。もう見てて可哀想なくらいです。私がいけなかったんです。気軽にバイクの後ろに乗せてってお願いして。彼、エイコさんのことが好きなんです。本当です。私、とんでもないこと。ほんとに、ごめんなさい。」
一気にまくしたてる。 彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた。
私は、だまって彼女を見てた。
彼女がまた謝った。
「ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい。」と言って、頭を下げた。 足元の歩道に彼女の涙が落ちた。
私は、ちょっと息を吐いた。少しだけ考えた。
「何時から待ってたの?」
私は聞いた。
「5時くらいから。」
ちょっと落ち着いたステファニーが言う。
「ずっと待ってるつもりだったの?」
私は小さな子供に話しかけるように言った。
「はい。」
涙目で私をみつめる彼女
「この後バイト?」
バッグからハンカチを出して、ステファニーに渡した。
「いえ、今日は休みです。」
彼女は、ハンカチは受け取らずに、自分の袖口で目頭を押さえた。
「ごはん食べにくる? わたしんちに?」
ハンカチをバッグに戻しながら、私は優しく聞いた。
「え? いいんですか?」
驚いた表情。
「いいよ。 変なの一人いるけど。 おいで。」
私はイタズラっぽく微笑んで、彼女の鼻の頭を人差し指で、チョンってした。
「変なのですか?」
またまた驚いた表情。 やっぱりこの子かわいい。
「うん。私のベストフレンド。女の子。」
私は歩き出した。
「行きます!」
トコトコって速足で彼女もついて来た。
「アオキスーパーで買って来たお惣菜とサラダくらいしかないよ。」
私は言って、彼女の腕をとった。
「全然大丈夫です!」
彼女が嬉しそうに言う。
「じゃ、いこ」
二人で腕を組んで歩いた。