「ヤングケアラー」という言葉が叫ばれて久しい。

つい先日も、テレビ番組でそれが放送され、炎上騒ぎになったが「今でこそ」そんな話が世の中で知られるようになったのだと思う。

親が病気などを持っていて、日常を犠牲にしそれをケアする子供をそのように呼ぶのだとしたら、私は昔からきっと「それ」だったのだと思う。

母が「毒親」だという話をしたが、最近以前にも増して、その傾向が強くなってきた。

「子依存」「過干渉」は言わずもがな、最近は「お金」に関する執着も酷くなりつつあるのだ。

もともと若い頃から病気がちだった母は満足に働けず「年金」も少ししか払えなかった。

当然そのしわ寄せは今に繋がり、2ヶ月に一度もらえる額も少ない。

もらった金を貯めるということを学んで来なかった母は、お金が入金されると瞬く間に後先考えずに使いまくり、それがなくなると私に無心していた。

以前は正社員でそれなりの額を頂いていた私は、そんな母に少しばかり協力(援助)していたが、今は派遣社員となり生活するので精一杯。

私にお金を無心できなくなった母は、いつも不機嫌で愚痴ばかりを延々と私にぶつける。

「いくら仕事が大変でも、ボーナス貰えるんだから正社員の仕事を続けていれば、私はこんなに貧乏な暮らしをせずに済んだのに。我慢して辞めずに働いてれば良かったんだよ💢」

それが「酷いカスハラで心を痛めて会社を辞めざるを得なかった実の子供」に言う言葉ですか?

高校卒業してから今まで、親の作った借金を支払い、文句一つ言わず生活費をすべて負担してきた私に、さらに追い討ちをかける、と?


いい加減、そんな母との同居が嫌になって「別居する」と言えば泣きわめき暴れる。

気晴らしに行き先を言わずどこかへ行けば、途端に色んな所へ電話して捜索される。

自分のお金はすべて病院の支払いと勝手な市販薬と栄養ドリンクの購入に使用し、私には一切の補助もない。

毎週の母の食費、毎週2回(月8回)通うデイサービスの支払い、在宅看護訪問の支払い、寒ければ灯油の買い増し。

それはすべて私の負担。

加えておやつやパンがなければ私の部屋から勝手に持ち出す。もはや家庭内泥棒です。

「あと何年かすれば母の命も尽きるから」

そういって自分を宥めること数年。

いまだに状況は何一つ変わらず。

むしろ物価高騰で辛さは増える一方です。


「私は親(あなた)のために生きてるわけじゃない❗」と何度母に訴えようが「親を看るのは子供の義務だろう」とふんぞり返るだけ。

どんな親でも「親」ならば子は有無を言わず扶養しなくてはならないのか?

一刻も早く離れたくて施設に入れたいと思っても、支払える財力がないからそれすらかなわない。

そもそも「動けない、病弱だ」と本人は訴えているが、病院でケアの程度を計るとまだ「要支援2」。

施設入居のレベルにすら至らない。

やる気になれば自力で大抵こなせるはずなのに「自分は歳だから何もできない」と訴える。

「腰が痛い、膝が痛い、頭が痛い、目眩がする、歩けない。片付けも掃除もできないし、食器も洗えない。だから仕事から帰ったらお前が全部やれ」

毎日毎日そんなことを訴えられて全部こなして。

けれどそれが母にとっては「当たり前」

そこには一切の感謝などない。

風邪をひいても病院に行く時間がないから、それこそ市販薬で対処していたら「そんなに酷いなら病院に行け!咳が煩くて眠れない💢」と隣の部屋から罵声が飛んでくる。

病院に行こうにも平日は仕事だし、病院代すらあなたに搾り取られているから現金なんか手元にないんだよ💢

大体、私が買い物するのは大抵クレジットで未来のお金を使っているのだから。

加えてこの前綴ったように、上の階の非常識な人間から睡眠すら妨げられ、毎日どうしようもない愚痴を延々と母から聞かされ、もはや家は針のむしろです。

茨が身体全体を縛って動けば動くだけめり込んでいきます。

こんな時は、SIAM SHADEの「if~ひとりごと~」や「DREAMLESS WORLD」が私を少しだけ癒してくれるけれど、このままずっとこの状態が続くとしたら…苦しくて仕方ありません。

ヤングケアラーどころじゃないんです。


政治家は「生活が良くなるように」、市町村は「住民の為に」と決まり文句を唱えているだけ。

派遣社員だろうが、アルバイトだろうが、働いて「住民税非課税世帯」枠より稼いでいるなら支援はできません。と。

だってさ、働かなきゃ食べていけないじゃない!

働かなきゃ家賃だって払えないじゃない!

だからこそ非正規でも、時給が少なくても働いているのに。

派遣での「非正規課税」世帯。

一番支援が手薄いのはこの層です。

この層を無視して政治家はいつも「子供支援、住民税非課税世帯支援」を優先的に掲げる。

辛いのは「子供を抱える家庭」だけじゃないんですよ。


親ガチャなんて言葉も生まれたけれど、そんな言葉で片付けられるほど、私の人生、軽いものじゃありません。

お金のこと、母のこと、これからの人生のこと。

考えれば考えるほどその時を暮らすことで精一杯の私は、未来になど何の楽しみもない。


唯一恵まれたとすれば、たった一人の「親友」と出逢えたこと。それだけです。

それでも私は、あの母親から生まれながら、周りに感謝する気持ちを常に持ち続け「前向き」に生きています。


「毒親」は「私から私であることを奪っていきます」

「私の自由はどこにあるのですか?」

だけど…こんな風に呟ける環境があるだけ、私はまだマシなのかな?