誰もが人生の主役。

 

表現する場を自由に選べる時代。

 

何かを興して表現する人も居れば、

 

表現方法を学んで表現する人も居れば、

 

何かを作って表現する人も居る。

 

かくゆう私は、

 

人生そのものを表現して生きている。

 

よく人から言われるのだけど、

 

「あなたって何でもやるのね。それでいて何でもできるのね。」

 

「何をして生きたいのかわからない。」

 

と。

 

私はとても欲張りで、

 

ニュートラルで居られるもので生きれるなら何でもいいって思っている。

 

心地よくてロマンティックになれる空間や、

 

大好きな物に囲まれ、

 

大好きな町を歩いているだけでいい。

 

それ以外の場面では、

 

どこかこの世界に意識を置かないで、

 

いつも空想の世界。

 

言ってみれば、お姫様や、

 

妖精になりきってその空想の世界で生きているかも。

 

かと思えば今度は、

 

人と人が対峙する場面や、

 

後ろから刺されてしまうのではないか、

 

とか、

 

自分がいつしか加害者になってしまうのではないかとか、

 

血生臭い妙に残酷な世界をすぐに想像してしまう、

 

猟奇的なところがある。

 

これは完全に、子供の頃に遭った虐待や結婚生活でのDV被害からの影響だと感じる。

 

映画に出てきたシーンをあたかも本当に起きているかのように感じてしまい、

 

例えば残酷な殺傷シーンなんかは、被害者に意識を憑依させ、

 

その人の息絶える瞬間に見える景色を想像してしまって、

 

自分を眠れなくしてしまっている。

 

最近は、ゴスペルを歌ってきて本当に助かったと感じる。

 

これまでいろんなジャンルを歌って仕事してきたけど、

 

もう霊的な歌や祈りの行為に通じる歌以外、

 

時間を費やしたくないって思う。

 

あと何枚アルバムを作れるかわからない。

 

あと何回自分の意図するコンサートを開けるかわからない。

 

その都度、渾身のものを歌って生きたいって思う。

 

最後は燃え滓すら残したくない。

 

残したいのは、目に見えない歌声だけ。

 

私の祖母は、

 

私の5歳の誕生日に、52歳で逝った。

 

今も昔もこれからも祖母しか私の味方は居ない。

 

どこかそう信じているところがある。

 

願い事を叶えてくれるなら、

 

祖母と母と3人で旅行したい。

 

私の得意な空想で叶えるか。