私は、ゴスペルを歌うためにクリスチャンの洗礼を受けたんだけどね、
その後、ゴスペルに対しての気持は昔のまま。
ゴスペルらしさを押し通したいときも、
ゴスペルらしくやりたくないときもある。

今日、ひとりの女性が、聖書を持ってやってきた。

私の心の隙間に、すこんと入り込んで、
聖書を解いていこうとした。

私は、ある詩編に、涙してしまった。

今日初めて会った女性が読み上げた、ある詩編に、
涙が溢れ出た。

さよなら、さよなら、さよなら、
あの悲しみからさよなら。

私が、おばあさんになったら、
多分、受け入れられる話。

子供が大きくなって、愛する人を大切に、毎日笑っていられたら、
笑って死ねる.....
そんな事。

だねーって思う程、心にきた、聖書の話。

だった。

でも、

っざけんじゃねーよ。

お前が良いと思ったことは、必ずしもみんなに良いという約束はない。

みんなが笑える刺激を、あんたらは追求したのか?

私に説教たれることができんのは、

親意外いないっつーーーーーの!!!




亡き父の誕生日、確か、今日か.....な?




と思いつつ。

私は、今朝の聖書を持ったあの人を、

拒む勇気がないことを知ってる。



そんな自分に腹立つわ。