昔、見たライブの記録。
スマホもネットもない時代。
実際の音は、観た人にしか伝わらなかった。
雑誌じゃ音は鳴らないからね。
第一回 LUNA SEA。
初めての有料ライブ
1993年8月23日。
大阪厚生年金会館大ホール。
高校2年の夏休み。
当時のLUNA SEAといえば、黒服。
黒い服。
黒い世界。
ライブに行きたかった。
ただ、チケットは取れなかった。
たぶん発売日に売り切れていた。
たしか、武道館で数分でなくなったとか。
今ならネットで探す。
チケットサイトを見る。
SNSで「譲ってください」と書く。
そのころ、1993年。
インターネットはまだ、高校生の日常にはなかった。頼れるのは『FOOL'S MATE』。
ロッキン・オンやSHOXXだったらごめん。
毎月購読してたのが Fool's mate
そう雑誌は音は鳴らない。
けど、伝えるのは雑誌しかない。
ヴィジュアルロックが流行ったのもわかる気がする。雑誌から音は鳴らない。
その雑誌の後ろの方に「売ります・買います」コーナーがあった。懐かしい。
そこに「LUNA SEAのライブチケットあります」
の投稿があった。
しかも住所と氏名が普通に載っている。
今、考えると、すげぇ時代だ。
僕はその中から5人くらい選んで、往復ハガキを書いた。もしかすると、みんなに出したけど5人だったのかもしれない。
当時、兵庫県に住んでいた。ほとんど覚えていないけれど、あて先は、広島、鳥取、岡山、八尾など。
なぜか自分より西の人も多かったな。
大阪公演だったから、全く違う記憶かもしれない。
とにかく、往復ハガキの裏と表がややこしい。
どっちに何を書くのか分からなくなりながら、
「RYUICHIファンの高2です。
どうしてもLUNA SEAが観たいです。
チケットを譲ってもらえませんか?」
よくわからないけど、リュウイチファンを強調した。当時は、ソロ活動前で、曲を作ってるJやSUGIZOが人気だった。クレジットはLUNA SEA表記だったけども。これは誰、作曲だろうとかよく言ってた。
さて、出した5枚の返信がくる。
次々、ごめんなさいだった。
ただ、最後の一枚に『譲ります』と書いてあった。
死ぬほど嬉しかった。しかし、その後、どうやって当日の待ち合わせをしたのか?
電話?
もう一回ハガキ?
文通?
電話したのかな?
いや、そんな記憶はない。
そして、全く覚えていない。
ただ、一つだけ。
「左手に靴ひもを巻いといて」
待ち合わせの目印。
8月23日。17時。
ふと、まだ 大阪の電話番号が一桁少ないね。「6」がない。
真夏。
夏休み真っ只中。
たぶん、かなり早めに大阪厚生年金会館(現∶オリックス劇場)へ行った。会館の前の公園は、黒服で埋まっていた。
真夏なのに真っ黒。
当時のLUNA SEAのライブ会場。
今もかな。
黒のジャケットに黒のジーンズ
ん?シャツは?柄シャツかな?
油断するとサラリーマンになりそうだ。
田舎崩れホストみたいだったかもしれない。
そして困った。
「左手に靴ひもを巻いている人」
簡単なはず。
ところが当時の姉さま方、みんな、よく分からない紐をそこら中に巻いている。
左手に紐を巻いている人が、結構いる。
田舎から出てきた高校生。
ひたすら聞く
「〇〇さんですか?」
と声をかける。
「違います」
「〇〇さんですか?」
「違います」
全然見つからない。
今ならスマホで、
「どこですか?」
「噴水の前です」
で終わる。
当時は、靴ひも一本で人を探す。
しかも黒服だらけ。
結局、僕の左手にかなり目立つ紫色の靴ひもをだいぶ派手に巻いていたので、相手から声をかけてくれた。
ありがたい。
その女の子の名前は、もう覚えていない。
恩人なのに。
本当にごめんなさい。
チケットを譲ってくれたのは、同い年くらいの女子高生のグループだった。
5人くらいいた気がする。
……いや、3人だったかもしれない。
もう記憶が怪しい。
何人かに分かれて席へ向かった。
僕は、その中の一人の女の子と一緒に3階席へ行った。
チケットを見ると、
3階F列36番。4,500円。
定価で譲ってもらった。
今さらながら、本当にありがたい。
ただ、高校2年の僕。
有料のライブは初めて。
『知らない女の子と二人で行動する』のは、たぶん初めて。
そもそも、知らない女子と二人で行動することはほとんどない。
もちろん、うまく話せない。
盛り上げることもできない。
今思うと、知らない男子高校生と二人で3階席。
罰ゲームやん。
マジでごめん。
グッズもかなり買った気がする。
ツアータオル。
ツアーTシャツ。
その他いろいろ。
高校生、どこにそんなお金があったのか?
そこも謎だ。
いよいよライブが始まった。
3階席。かなり前だった気がする。
F列だと6列目なんだろうか?
僕は、身長180センチくらいある。
なので、よく見えた。
一緒にいた女の子は、かなり小さかった気がする。ちゃんと見えたのかな?
もちろん全員スタンディング。
まわりを気にする余裕なんてなかった。
また、反対隣のお姉さんが強烈だった。
真っ赤なエナメルのスーツでずっと叫んでいる。バブルの残り香みたいだった。
とにかく叫ぶ。
途中で、本当にぶっ倒れた。
隣にいる。
助けた方がいい。
高校生の僕は、
「これ、触れていいのか?」
と躊躇した。
結果、見て見ぬふり。
いや、すみません。
今ならもう少し何かできると思う。
隣に女子がいるんだから
その子に頼めばよかったはず。
たぶん。
ライブは、もう驚くほど覚えていない。
セットリストは、何ひとつ出てこない。
Search for my EDEN Encore tour
である。今なら大阪厚生年金会館と検索すればセットリストなども見つかりそうだ。
しないけど。
思い出を答え合わせする必要もない。
『EDEN』のツアー。
EDENの曲は当然やっていたはず。
けど、最後は『WISH』かな。
アンコールは二回だったような。
『TIME IS DEAD』か
『BLUE TRANSPARENCY』
「大阪厚生年金会館、割れたと思った」
会場が爆発した。
そんな印象だった。
初めてだったからか?
LUNA SEAだったからか?
大阪厚生年金会館だったからか?
よくわからないけど、
あんなに歓声がスゴいコンサートは
最初で最後である。
記憶は捏造されているかもしれない。
美化されているかもしれない。
けど、あの時の熱狂は最高だった。
三十三年経って残っている記憶の断片。
夏の暑さ。
往復ハガキ。
左手の靴ひも。
黒に染まった公園。
知らない女の子と二人。
会場が割れるほどの大歓声。
ライブの記憶。
音楽の記憶だけでもない。
会場の雰囲気。
当時の自分。
懐かしい思い出。
もし、1993年8月23日。
大阪厚生年金会館のLUNA SEAのライブで、往復ハガキでやり取りした見知らぬ高校2年生の男子に、チケットを定価で譲った女の子がいたら。
コメントやらメッセージやら。
もし、届くと面白いね。
名前すら覚えていない。
本当にごめんなさい。
記憶もあってるのか
三十三年前のことなので、かなり怪しい。
LUNA SEAを観られたのは、あなたのおかげです。
どうにかしてお礼します(笑)。
ライブのあとにお礼の手紙でも出しなさいよ。
って、当時の自分に言いたいね。
ありがとうございました。
大切な思い出です。