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大場 豪のブログ

自由に生きる、とは

 

こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

休みの日こそ、


少しだけ自分のことを見つめてみる。

 

 

そんな時間があってもいいかもしれません。

 



あなたは、「思考」と「感覚」でできている。

どちらで生きていますか?



昨日に続きます。


「思考」と「感覚」について、

書いた上であなたに言いたいこと。



その二つを使うあなたは、

唯一無二で、オリジナルブレンドなんです。



自由なんです。

もう、持っているんです。



思考も感覚も

あなたを形作っている道具。



どちらをどんな風に、

どれくらい使うかどうかは自由。



あなたが何をしたいか、

どんな風になりたいかで、

道具の使い方は変わる。



手元にある水を


そのまま飲むこともできるし、

コーヒーに使うこともできるし、

暑い日には頭からかけて、

熱さましにすることもできる。



道具の使い方で、

あなたになる。



だからこそ。


今の自分は、

どんな使い方をしているのか。


何を大切にしていて、

何がしたくて、

どうなりたいのか。



少しだけ立ち止まって、

見てみませんか。
 

 

 

ここまで読んでくれてありがとうございます。

 

 

 

「思考」と「感覚」。

 

 

 

どちらが正しいかではなく、
 

どう使うかで、自分は変わっていきます。

 

 

 

もしよければ今日一度だけ、

 

 

「今の自分はどっちを使ってる?」と
 

 

問いかけてみてください。

 

 

 

そこから、少しずつ自由が動き出します。

 

 

 

今、自由ですか?



では、また明日。

 

 

 

おはようございます。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

理由はないのに、動きたくなるときはありませんか?

 

その感覚、間違いじゃないかもしれません。

 



「どうして、理由もないのに

 行動したくなるのか?」


それは、

自分の中の感覚や直感が

働いているから。



理由はないけど、

不意に氣になる。


なぜか動きたくなる。



それが、

感覚。



その感覚を解放するのは

とても自由なこと。



ただ、

その感覚だけで進むと、

どこかで揺れる。



行き詰まったように感じたり、

違和感が出てきたりする。



それは、

間違っているからではなくて、


感覚だけでは、

判断できない場面も出てくる。



だから、

揺れる。



その揺れは、

止まるためではなく、


自分の中の

「何のため」を見直すためのもの。



感覚で動き、

違和感で整える。



その繰り返しの中で、

進む方向が少しずつ定まっていく。



見直しながら、

自分を解放しましょう。



その揺れは、止まるためではなく、
 

整えるためのものかもしれません。
 

 

 

今、自由ですか?



では、また明日。

 

 

 

こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

その違和感、

 

間違いではないかもしれません。

 



「どうして、行動するときに

 理由をつけてしまうのか?」


それは、僕らが

思考によって判断しているから。



あなたが思考することに

重きを置いているということでもある。



その思考が働いているからこそ、

違和感を抱くことがある。


思考を続けるからこそ、

違和感が出てくる。



いつも直感や感覚で動けていたら、

違和感は出てこない。



その違和感はあなたが

あなたなりの思考をするからこそ、出てくる。



今、その違和感がもたらしているのは

何だろうか?



「こうしたら成功する、失敗する」

「いつもはこうしている」

「周りはこうしている」


こういう思考をしていたりする?



違和感も思考もわるくない。

生きていれば、当然出てくるもの。



思考の基準や視点、位置が

今のあなたにそぐわないのかもしれない。



つまり、

何かを見直すタイミングにできるということ。



今までのあなたとは違う角度で見てみる。



普段思っていること、

見ていること、

行動していること。



今、動いているあなたを

上から、後ろから、

あなた以外の場所から見るような。



見方はいくらでもある。

視点を少し変えるだけで

違和感は昇華できる。
 

 

 

その違和感は、
 

あなたを止めるものではなく、

 

見直すためのものかもしれません。

 

 

 

今、自由ですか?



では、また明日。