大場 豪のブログ

大場 豪のブログ

自由になるために、自分と向き合いたい人へのブログ

 

こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

ここ数日続けてきた「傷」の話。

 

 

今日は少し視点を変えて、

 

「傷が自分にとってどんな意味を持つのか」

 

について書いてみました。

 

 

過去という事実は変えられなくても、
 

その見方は変わるのかもしれません。




昨日までに続きます。


傷と向き合うとき、

見えてくるものがある。


それは、


「自分自身」。



傷に内包されるものは

自分の中の大事な、

あるいは、

大きな要素であることがしばしば。



つまり、


あなたが向き合ってきた傷の積み重ねが

今までの、今のあなたを

作ってきたともいえるかもしれない。



大げさではなく。



僕で言えば、


傷との向き合い方で

自分との向き合い方や人生が変わった。



それくらい、

傷は影響があるもの。



傷を痛みやダメージとしてみることもできる。


そしてまた、

自分の中の大切な要素としてみることもできる。



後者であれば、

傷ですら、自分の歴史になっていく。
 

 

 

傷を消そうとすることも、
 

傷を抱え続けることも、
 

どちらかだけではないのかもしれません。

 

 

 

その傷をどうみるのか。

 

 

 

その積み重ねが、
 

これからの自分にもつながっていくように感じています。

 

 

 

今、自由ですか?



では、また明日。

 

 

 

こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

ここ数日、傷について書いてきました。

 

 

今日は少し視点を変えて、

 

「傷との向き合い方」について。

 

 

傷を見ることは、


自分を見ることでもあるのかもしれません。

 



昨日に続きます。


傷との向き合い方は、

自分のことが見えてくる。


少しこわく感じるかもしれませんが…。



傷から遠ざかるのか。

しつこく傷と向き合うのか。

そのままにしておくのか。



「僕は」で言うと、


20代後半までは

「傷から遠ざかる」を

選んでいた。



それで、

いろんな傷が積み重なって、

うまくいかなくなって、爆発してしまった。



そんな過去があるので、

「傷から遠ざかる」のは

自分に向いていないと悟った。



短い間はなんとかなっても、

長い目で見ると無理が利かなくなる。



それで今は、

「しつこく傷と向き合う」ことを選んでいる。


その方が早いから。


暴発する心配とか氣にせず、

自分のペースでやれるから。



ずっと、モヤモヤしたり、

イライラするよりも楽。



自分が何にモヤモヤして、

イライラしているかがわかれば、

次にすることが見える。



どんどん言葉にして、

話せる人に話して、

削ぎ落していく。


「自分が傷だと思っているもの」を。



それがわかると、

傷がどんどん浅くなっていく。


これから出会うであろう、

似たような傷に

意識をとられなくてすむようになる。



傷はあってもいい。



そして僕は、

自分の未来を

傷に決めさせたくない。
 

 

 

傷そのものよりも、

 

その傷とどう向き合うのか。

 

 

 

そこに、
 

これからの自分の自由が

 

見えてくるのかもしれません。

 

 

 

今、自由ですか?



では、また明日。

 

 

 

こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

ここ数日、

 

「傷つくこと」と「自由」について書いてきました。

 

 

今日は、3つ目です。

 

 

傷を癒すことは、
 

過去のためではなく、未来のためなのかもしれません。

 



昨日に続きます。


今日は、

「傷を癒すのは、何のため?」

です。



それはもちろん。


「自分のため」。



さらに言うと、


「自分の自由のため」。



傷つきは、

自分を止めてしまうことがある。


自分のしたいことを。



傷が、

「やめておこう」という理由になってしまう。


また傷つくことをイメージしてしまって、

止めてしまう。



それが本当に

あなたがしたいことだったとしても。



未来よりも、

傷つくかもしれない今にとらわれてしまう。



傷があなたをしばってしまって、

視野を狭めている。



本来は遠くまで見渡せるのに、

近くしか見られなくなってしまう。



自由であるためよりも、

傷つかないことに

意識が向いていく。



それは自由なのでしょうか?



傷を癒すのは、

傷をなかったことにするためではない。


自分の未来を、

傷に決めさせないため。
 

 

 

傷があったことは、
 

変えられないかもしれません。

 

 

 

だからといって、
 

その傷に未来を決めてもらう必要はない。

 

 

 

そう思えたとき、
 

見える景色は少し変わるのかもしれません。




今、自由ですか?



では、また明日。