こんにちは。大場です。
ここに来てくれて、ありがとうございます。

今日も、ここから書きます。
「こわい」と感じるとき。
それは、
避けたほうがいいサインなのでしょうか?
それとも、
自分の奥にあるものと、
向き合おうとしているサインなのでしょうか?
昨日までに続きます。
「こわい」というときは
「自分と向き合っている」とき。
その「こわさ」って
何から来るのでしょうか?
生命の危機?
やったことないから?
ずっと禁止されていたから?
後戻りできないから?
何かを失う氣がするから?
自分のエゴだと思うから?
まあ、いろいろと
思いつくかもしれません。
その上で、
あなたはどうしたいのでしょうか?
自由であるために。
だとしたら、
やってみたら、どうですか?
ここで、こわさから逃れても、
あなたはまたどこかで
そのこわさに戻ってくるでしょう。
また、向き合うことになります。
というか、
今も戻ってきていませんか?
そこから、
一歩進んでみませんか?
こわいから逃げるのではなく、
そのこわさに飛び込んでいく。
その繰り返しが
自分を自由にしてくれます。
あなたの感じているこわさは
あなた自身に向き合っている証。
こわさを感じるのは、
ダメだからではなく、
向き合おうとしているからかもしれません。
そのこわさを避けるのではなく、
少しだけ見つめてみる。
そこから、
自由は始まるのかもしれません。
今、自由ですか?
では、また明日。

