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大場 豪のブログ

自由に生きる、とは

 

こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

昨日は、

 

「でも、」の奥にある本音について書きました。

 

 

今日は、その続きです。

 

 

「でも、」を使う自分の氣持ちや本音が見えてくると、

 

今度は「でも、」そのものが苦しくなることがあります。

 

 

今日は、

 

「でも、」を少しずつ手放していく話です。

 



昨日に続きます。


自分に「でも、」を使うとき

「でも、」の本音


がわかると、

あなたはこう感じてくるかもしれません。



自分にも、相手にも、

「でも、」を使うことが苦しい。



無意識で出てくる言葉であっても、


「でも、」という言葉が

自分と相手を遮って、

分けてしまうことになるから。



「でも、」を使う自分の本音も、

「でも、」と返す相手の本音も、

理解できてくるから。



それに氣づいたから。



そうなってきたら、


「でも、」を少しずつ手放すときかもしれません。



もう無理して

「でも、」って使わなくていいんですよ。



手放しましょう。



「でも、」

「だって、」

「けど、」


の代わりの言葉はいくらでもあります。

使わなくても、成立しますし。



たとえば、


「したい。でも、自信がない」の


「でも、」の後ろにあるものが本音で、


「実は、」

「というのも、」

「その上で、」


と言い換えられる。



もしくは、

「でも、」と

言わなくても、問題はない。



「でも、」が見えてきて、

その本音がわかって、

自分や相手を遮っているなら、手放す。



言葉を自分らしく使って、

自由になりましょう。



言葉は自分を自由にするものでもある。

そして、

使い方によっては、

自分を縛って、遮ってしまうものにもなる。



言葉があなたを使うのではなく、

あなたが言葉を使うのだから。
 

 

 

「でも、」は悪い言葉ではありません。

 

ときに、自分や相手を遮ってしまうことがある。

 

 

 

だからこそ、

 

本音が見えてきたら、少しずつ手放していく。

 

 

 

言葉は、自分を自由にするものでもあります。

 

使い方次第で、もっと自由になれる。

 

 

 

今、自由ですか?



では、また明日。

 

 

 

こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

昨日は、

 

自分に向ける「でも、」について書きました。

 

 

今日は、その続きです。

 

「でも、」は悪い言葉ではありません。

 

 

そこには、自分を守りたい氣持ちや、

 

本当はしたいことが隠れていることがあります。




昨日に続きます。



あなたが

「でも、」を使うときって、


どう思っていますか?

どう感じていますか?



きっと、

そんなこと氣に留めたこともなくて、

無意識に言っているはずです。



実は、

「でも、」を使うときって、



自分を守っていたり、

やりたくなかったり、

本当はしたいことがあったりする。



もっと言うならば、


「でも、」を使うということは、

自分を否定されたくない。



だから、

相手を、相手の言葉を

まず、さえぎる。



傷つかないために、

先に距離を取るみたいな。



「でも、」の次に来るもの。



それ、

大切にしていいんですよ。



無理に人の言葉に合わせなくていいし。

全部を聞かなくてもいい。



自分を大切にする。

自分を守る。


そうしてOKなんです。



「でも、」は

あなたの本音かもしれませんよ。



あなたが「でも、」と発したとき。

その内側も、見つめてみませんか?
 

 

 

「でも、」を使うとき。

 

 

 

その奥には、守りたいものや、

 

本当は言いたいことがあるのかもしれません。

 

 

 

だからこそ、無理に消そうとするのではなく、

 

まずは見つめてみること。

 

 

 

メルマガでは、こうした「言葉の奥にある本音」についても

 

もっと深く書いています。

 

 

 

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今、自由ですか?



では、また明日。

 

 

 

こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

 

「でも、」という言葉。

 

 

誰でも使うし、

 

使うこと自体が悪いわけではありません。

 

 

その「でも、」を自分自身に向けているとしたら。

 

 

今日は、

 

自分に「でも、」を使うときについてです。

 



「でも、」って

言わない人っているのだろうか?



あなたはどうですか?



と言っても、



「でも、」を使うな、

という話ではありません。



使いたいなら、

使ってしまうなら、

そのままでOK。



相手の話を聞いて、答えるときに

「でも、」はそれでもいいんです。



大事なのは、


自分自身に対して、

「でも、」って言っていないか。



自分を止めたり、

否定したり、

押さえつけていないか。



それでは、

自由から遠ざかる。



自分で自分を止めることになるから。



せめて、

自分に「でも、」を使うのは

減らしてみましょう。



どういうときに、

どういうことで、

どういう思いで、


使っているのか

氣づいてみましょう。



この文章に反応しているあなたなら、

今日からでもできる。

遅くない。
 

 

 

自分に向ける「でも、」は、

 

自分を止めたり、否定したり、

 

押さえつけることにつながることがあります。

 

 

 

だからこそ、 まずは氣づくこと。

 

 

 

今、自由ですか?



では、また明日。