こんにちは。大場です。
ここに来てくれて、ありがとうございます。

今日も、ここから書きます。
昨日は、
「でも、」の奥にある本音について書きました。
今日は、その続きです。
「でも、」を使う自分の氣持ちや本音が見えてくると、
今度は「でも、」そのものが苦しくなることがあります。
今日は、
「でも、」を少しずつ手放していく話です。
昨日に続きます。
自分に「でも、」を使うとき
「でも、」の本音
がわかると、
あなたはこう感じてくるかもしれません。
自分にも、相手にも、
「でも、」を使うことが苦しい。
無意識で出てくる言葉であっても、
「でも、」という言葉が
自分と相手を遮って、
分けてしまうことになるから。
「でも、」を使う自分の本音も、
「でも、」と返す相手の本音も、
理解できてくるから。
それに氣づいたから。
そうなってきたら、
「でも、」を少しずつ手放すときかもしれません。
もう無理して
「でも、」って使わなくていいんですよ。
手放しましょう。
「でも、」
「だって、」
「けど、」
の代わりの言葉はいくらでもあります。
使わなくても、成立しますし。
たとえば、
「したい。でも、自信がない」の
「でも、」の後ろにあるものが本音で、
「実は、」
「というのも、」
「その上で、」
と言い換えられる。
もしくは、
「でも、」と
言わなくても、問題はない。
「でも、」が見えてきて、
その本音がわかって、
自分や相手を遮っているなら、手放す。
言葉を自分らしく使って、
自由になりましょう。
言葉は自分を自由にするものでもある。
そして、
使い方によっては、
自分を縛って、遮ってしまうものにもなる。
言葉があなたを使うのではなく、
あなたが言葉を使うのだから。
「でも、」は悪い言葉ではありません。
ときに、自分や相手を遮ってしまうことがある。
だからこそ、
本音が見えてきたら、少しずつ手放していく。
言葉は、自分を自由にするものでもあります。
使い方次第で、もっと自由になれる。
今、自由ですか?
では、また明日。

