こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

火曜日。

 

少しずつエンジンがかかり始める頃。

 

 

だからこそ、
 

ひとつ確認しておきたいことがあります。

 

 

その「したい」は、
 

本当にあなたのものですか?

 



昨日に続きます。



今日は

どうしても誰かの目が氣になってしまう、

という人には少し耳が痛いかもしれません。


けれども、自由でいてほしいからこそ、

書いています。



ほんのちょっとだけ覚悟して、

ご覧いただけたらと思います。



「したいこと」がなんとなくでも

見つかった時に

あなたに聞いてほしいこと。



それが



「それをしたいのは、誰?」。



あなたがしたいと思うこと。


それって、

「あなた」が主語になっていますか?



あなたの中に

「あなた」以外の誰かが

チラついていませんか?



親やパートナー、きょうだい、友人。

あなたに影響を与えてきた人。

あるいは、もの。



その人に無意識で認めてもらおうと

していませんか?



言っておきますが、

影響は受けていてもOKだし、

それが普通です。


僕も受けまくっています。



その上で、

影響を排除するのではありません。



誰かに認めてもらおう、期待に応えようとして、

「あなた」を見ないことを

排除するんです。


今まで、

誰かに認めてもらうことで、

期待に応え続けることで、


自信を持てていたのであれば、


あなたは「あなた」ではなく、

「その人」を見続けてきたのかもしれません。



主語は誰か。

主導権は誰が握っているのか。



「あなた」が握っている“つもり"でも、

実は「誰か」が裏で操っていることもある。



そのために、

普段から「あなた」に聞いてみてください。



「それをしたいのは、誰?」


そこから、

主語が「あなた」になり、



「どうしてもしたい!」

「ワクワクするからやってみたい!」

「自分が納得したい!」



になれば、



それは

「あなた」がしたいことです。



誰かの目や評価という

重い鎧を脱いで、自由になりませんか。



そんな「あなた」がしたいことを

応援しています。
 

 

 

影響を受けることは自然です。

 

 

だからといって、
 

主語まで渡さなくていい。

 

 

 

「それをしたいのは、誰?」

 

 

 

この問いを持つだけで、
 

あなたは少し自由に近づきます。

 

 

 

今、自由ですか?



では、また明日。

 

 

 

こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

さあ、月曜日。

 

 

また一週間が始まりますね。

 

動き出す前に、
 

 

ひとつだけ立ち止まって考えてみたいことがあります。

 

その「答え」は、本当にあなたのものですか?

 



僕が日頃、

相談やコンサルで

誰かの話を聴いていく中で

感じること。



「どうしたらいいですか?」と

答えを探すほど、


実は答えに行きつかない。



代わりに、

「正解」探しにとらわれる。



「こうしなきゃ」

「こうあるべき」

「こうするほうがいい」


という「正解」にはまっていく。



誰かの思う、

身近な人が納得する、

何らかの評価がされる、


そんな誰かの目を氣にする。



そこに肝心の

「あなた」はいない。



必要なのは、「正解」じゃない。



あなたの「答え」です。



そして、


「どうしたらいいですか?」と聞く人には

もう答えは出ています。



そのあと、

話を聴いていくと、


実はもう、結論をしっかりと

自分で言っているから。



そんな自分の答えに氣づかないのは、

誰かの目にとらわれているから。



その「誰か」を外せば、

あなたの答えはもう出ているし、



「どうしたらいいですか?」から

「こうしたい」に変わる。



「どうしたらいいですか?」は、あなたが遠い。

「こうしたい」だとあなたが近くなる。



そこから、

「こうするために、

 何かアイデアありますか?」になると、


あなたの中に浮かぶ

問いの質は確実に変化する。



そのために、


「誰か」ではなく、


「あなた」に目を向けましょう。



あなたが「あなた」と近づいて、

一致できることを応援しています。
 

 

 

正解を探すほど、
 

「あなた」は遠くに行ってしまう。

 

 

 

「こうしたい」と言えた瞬間、
 

「あなた」はちゃんと戻ってきます。

 

 

 

今日は一度だけでいい。

 

 

「私はどうしたい?」と
 

自分に問いかけてみてください。

 

 

 

今、自由ですか?



答えは出さなくて大丈夫です。



今日は、

この問いだけを
 

持って帰ってください。



では、また明日。

 

 

 

こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

 

日曜日の朝。

 


少し静かな時間に、
 

昨日の続きを書いています。

 

 

「揺れとは、体験」と書いた昨日。
 

 

では、その揺れはどこへ向かうのか。

 

今日はそこを、もう一歩だけ。

 



昨日に続きます。


昨日の記事を書きながら、

こんなことを思いました。



「揺れる、という体験が連れてくるものは

 一体何なのだろうか?」

「揺れは僕をどこに導こうとしているのか?」



その問いに行きついたら、

答えが出るまでは時間はかかりません。



というよりも、


問いが出て来た時点で、

答えも出ています。



それは、


「納得」。



納得するために揺れているし、

納得するまで揺れている。



そして、

納得に向かうプロセスこそが自由なのでは、と

一瞬で理解できたのでした。



ということで、

どうせ揺れているなら、



せっかくなので、

揺れ切って、納得まで突き抜けましょう。

体験し、経験しましょう。



そうやって、納得できたら、

儲けもんですよね。



ここで、

補足しておくと、


僕の言う納得は

満足も含んでいます。

しかたなくイヤイヤで、の

納得ではありません。



自分がもうこれ以上がないくらいに

納得できているか。

納得するか。



そこに興味があるし、

僕以外の誰かが自分と向き合って、

納得するところをサポートすることに

興味があります。



「揺れとは、納得」。



あなたはどう感じますか?

 

 

揺れている今も、
 

何かに向かっています。

 

 

 

焦らなくていい。
 

急がなくていい。

 

 

あなたが本当に納得できるところまで、
 

丁寧に揺れていけばいい。

 

 

今日は少し、
 

自分の内側の声を聴く時間を。

 

 

 

今、自由ですか?




では、また明日。

 

 

 

こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

週末になると、


なぜか氣持ちが少し揺れること、ありませんか?

 

 

思考しすぎたり、
 

迷ったり、
 

立ち止まったり。

 

 

今日は、
 

そんな「揺れ」そのものの見方を
 

少しだけ変えてみる話です。

 



さあ、今週も土曜日になりました!

ということは、そうです、

始まります!(笑)



そう、あの「揺れシリーズ」です。



結構、頭脳や感覚から絞り出している感が

あるので、


今週はシンプルにシェアしていきます。



では、本題へ。



揺れの中にいる。


それはシンプルに、

「体験している」、ということです。



大雑把に言うなら、

それって、「生きている」ってことです。



あなたが今、生身の人間として

この世界にいるからこそ、

揺れている。なやんで、まよっている。



つまり、

それって「体験」なんです。



ジェットコースターやお化け屋敷に

行くようなものです。



自分が行きたくなくても、

パートナーや友人、家族が

「行こうよ~」と誘ってきて、


「まあ、行くか」みたいな感じで

行っているようなものです。



僕はジェットコースター嫌いというか、

苦手なのですが、


その上で、

パートナーと行ったことあります。


こわいというより(高所恐怖症だけど)、

身体が衝撃を予測していなかったみたいで、


その日の夜に「ガタンガタンガタン」と

眠っている時に

フラッシュバックして起きました。(笑)



ちょっと身体に残るくらい、

それだけ強い体験だったんでしょうね。(汗)



話がジェットコースターのように、

逸れてしまいました。



体験であれば、

揺れるかどうかも選べたり、

事前に避けられたりもします。



あえて、

体験しているのであれば、

しっかり揺れましょう。



体験しましょう。

そこで学びますので。


体験の数が増えるということは

経験値が増えるということなので、

あなたの人間力もつくことになりますし。



そう、

あなたの揺れは生きているからこそ

体験できるもので、

ちゃんとあなたの経験値になる。



安心して揺れましょう。(笑顔)
 

 

 

揺れている自分を、
 

無理に止めなくても大丈夫。

 

 

 

それは「今、体験している」だけ。

 

 

 

今日の揺れも、
 

ちゃんとあなたの中に残っていきます。

 

 

安心して、
 

今日は少し力を抜いて過ごしてくださいね。

 

 

 

今、自由ですか?



ここまで読んでくれて、

 

ありがとうございます。


今日の言葉が、
 

あなたの中で
 

少しでも呼吸できる場所に
 

なっていたらうれしいです。


──

もし、
 

この問いや言葉を
 

もう少し静かに受け取りたいと感じたら、
 

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では、また明日。

 

 

 

こんにちは。大場です。

ここに来てくれて、ありがとうございます。



 

 

 

今日も、ここから書きます。

 

 

才能って、


「伸ばすもの」「見せるもの」だと思われがちだけど、
 

今日は少し違う角度から書いてみました。

 

 

もし今、
 

自分の中に大事にしている何かがある人は、
 

ゆっくり読んでもらえると嬉しいです。




昨日に続きます。


あなたは「自分の才能」に

どのように向き合っていますか?



もちろん、

あなたの才能なので、

自由に表現してほしいし、

どんどん前に、出してほしい。



それは僕も同じです。


その上で、

僕の思いをシェアします。



大事な才能ほど、


大切で、はかなくて、

あなた以外の人の想像の及ばないもの

だったりします。



なので、守ってください。



あなたが生きていくと、

歳を重ねると、


その才能に


意味や価値があるか、


仕事にできるか、

マネタイズできるか、


効率性や確実性を

求められます。



質問で、

ときに

批判や否定を受けながら。



僕もそうでした。



やりたいことを言うと、

やろうとすると、

形にしようとすると、



勝手に否定や非難されたり、

じゃまされたり、

止められたりすることがありました。



今の仕事を

しているのは、

できているのは、


そして、

こう書けているのは


そういう体験が

あるからでもあります。



そこから

言わせてもらうなら…、



あなたの才能より

守るものなんてありません。



あなたの才能、

あなたの中にある思いが

一番大事です。尊いです。



だから、


誰かのちょっかいで、

その芽をつぶさないでほしい。



自分で自分の才能を

否定して、閉じていくほど、

かなしいことはありません。



僕にはその体験があるから、

これを読んでいるあなたには

してほしくない。

する必要がない。



あなたはあなたの才能を

ずっと守ってほしい。



あなたが歳を重ねて、

大人になって、

自分のしたいことができるように

なってからでも才能は開くから。



それまでは

あきらめずに、守ってほしい。


そうしていくと、

いつか開くから。



そうやって守り続けてきた

あなたの才能が開いて、

広がっていくと、



いつか、あなただけでなく、

同じような思いをしている人を

守ってくれるから。



だからこそ、

あなたの才能は

あなたに守ってほしい。



それが僕の願いです。



長いけど、

大切なことなので、

シェアしてみました。
 

 

 

才能は、
 

すぐに証明しなくてもいいし、
 

誰かに評価されなくてもいい。

 

 

守りながら、生きていく。
 

そんなあり方も、自由だと思います。

 

 

 

あなたの中の大切なものが、
 

今日も静かに守られていますように。

 

 

 

今、自由ですか?



では、また明日。