「もし本能寺の変が起こらなかったら、日本の歴史はどうなっていたか?」
それを真面目に考えるなら
「なぜ本能寺の変が起こったのか」
ということも、一応、考えるくらいは考えてみましょう。
信長は、本能寺で隕石に当たったわけでも、忍者に暗殺されたわけでもありません。つまり、偶然に死んだのではないのだから。
浅井長政しかり、松永弾正しかり、荒木村重しかり。それこそ列をなして謀反人が次々に現れています。
明智光秀が本能寺を襲わなくても、あるいは信長殺しに失敗したとしても、またいずれ誰かが信長の首を狙うでしょう。
これは「信長ってなんて可哀想」って思う人のほうが少ないはずです。信長には、みんなに謀反されるような「人格的欠陥」があった、と言うしかありません。
たとえばNHKオンデマンドで「軍師官兵衛」を見て頂ければ、よく分かりますけど。
官兵衛が荒木村重に捕らわれて行方不明になったときはロクに調べもせずに人質の息子を殺せといいだしたり、秀吉が苦労してまとめた和睦を簡単にひっくり返し、降伏すれは命は助けるといった秀吉の立場をなくさせたり、ホントに「上司にしたくない武将ナンバーワン」です。
その、信長に苦労ばっかさせられた官兵衛さんの岡田准一が、「どうする家康」では自分で「絶対に上司にしたくない信長」を演じていたのも、面白い話ですけど。岡田信長も、部下や同盟者にしょっちゅうプレッシャーをかけて部下に怖れられ怨まれるブラックっぷりでは、ヒケを取りませんでした。
畿内担当を外され、秀吉の毛利攻めの手伝いをしろ、というのは、いわば本社の「経営戦略室長」から「地方の工場長」にいきなり異動させられたようなもので、出世ルートから外された、もう信長政権内で出世の道はない、いずれ無能の烙印を押されて追放されるだろう、という絶望感です。
これまで信長に叛乱して失敗していった浅井も松永も荒木も、同じような心理状態だったことが伺えます。
こうして追い詰められるのは、光秀が最後か?そんなはずはありません、もし光秀が失敗して信長が生き残ったとしても、また次の「追い詰められたヤツ」が必ず現れます。
次は、もしかしたら秀吉かも知れないし、家康かも知れません。
「豊臣兄弟!」をずっと見ていた人なら御存知でしょうけど。秀吉も、信長から「切腹しろ」と理不尽に命ぜられたのは、一度や二度ではありません。来週も、北陸で柴田と喧嘩して帰ってきた秀吉は、信長に殺されかけるはずです。
織田軍団の誰もが、ブラック上司信長の怒りの矛先を何とかかわして生き残っています。限界を超えたヤツから脱落して謀叛します。

「豊臣兄弟!」をずっと見ていた人なら御存知でしょうけど。秀吉も、信長から「切腹しろ」と理不尽に命ぜられたのは、一度や二度ではありません。来週も、北陸で柴田と喧嘩して帰ってきた秀吉は、信長に殺されかけるはずです。
織田軍団の誰もが、ブラック上司信長の怒りの矛先を何とかかわして生き残っています。限界を超えたヤツから脱落して謀叛します。
秀吉も官兵衛も、本能寺で信長が死んでくれてホッとした、てゆうか大喜びしたはずですよ、これで毛利と和睦ができる、無駄な戦争しなくて済む、って。
安國寺が「いずれ高転びする」と予言したように、実はみんな信長に「そろそろ死んで欲しい」と思っていたんです。
明智が失敗してれば、たぶん、いずれ秀吉がやったでしょう。あるいは、家康が。
畳の上では絶対に死ねない人間って、います。信長がまさに、そういう人です。
本能寺の変に「誰それ黒幕説」が山のようにあるのは、つまり「信長には一刻も早く死んで欲しい、と思っていた人間が、山のようにいた」っていうことです。
本能寺がなければ当然のように信長は長生きして天下統一したに決まってる。織田政権が長続きして日本はガラリと変わってた。織田時代が続いて海外進出していた。日本はもっとはやく先進国になっていた。とか、なんで暢気に言えるのか、ちょっと立ちどまって考えてみたほうがいいです。
そんな「信長が作る日本」をみんなが望んでいんたなら、本能寺の変は起きません。
おっと。そんな説教が話が聞きたいんじゃない、「カッコいい信長が天下を統一したら、日本はどんなに素敵になっていたか」っていう夢のある話をしてくれ、って言ってるんじゃないか、とおっしゃいますか。
承知しました。
奇跡的に第二、第三の本能寺の変を切り抜けて「先進的な思想の」織田信長が全国統一していたら、どんな日本になったか、って話をいたします。
日本はもっと早く西欧文明を取り入れて、早く文明開化を実現したに違いない。
そう単純な話ではないでしょ、という話をします。
信長が、日本を統一したあとも依然として南蛮貿易大好き、キリスト教おおいに結構、ヨーロッパ文明大歓迎、という革新的な王様でいたかって考えれば、そんなことはあり得ないでしょう。
信長がキリスト教に寛容だったのは、宣教師が貿易船を連れてくるから、です。日本国内にまだ敵がいる限り、南蛮貿易で鉄砲弾薬を優先的に輸入できる者が圧倒的に有利なのは間違ありません。
しかし、日本を統一した時点で、キリスト教は脅威でしかなくなります。
日本にキリシタンが増えるってことは、日本文化がヨーロッパに侵食されるってことであり、天皇の命令よりローマ教皇の命令を聞く日本人が増えるってこと、つまり日本がイスパニアやポルトガルの属国、植民地にされるってことなんですから。
実際、豊臣秀吉は、九州征伐を完了して日本統一を目前にした頃から、手のひらを返したように宣教師を追放したり処刑したり、キリスト教弾圧に転じています。
信長がもし本能寺を免れて長生きして日本統一したとしても、絶対に同じことをしたでしょう。
これはキャラの問題ではありません、日本の支配者としての当然の責任です。
キリスト教はお断りだか貿易はガンガンしたい、っていう虫のいい話は、通りません。
宣教師も貿易船も、要するに日本を文化的、経済的に支配したいから、わざわざやってくるんですから。
ヨーロッパ文明の無制限な輸入をキッパリ跳ねつけることが出来るかどうかが、国家の指導者の責務と言えます。
最終的に布教と貿易を切り離せないカトリック国であるイスパニア、ポルトガルを切って、プロテスタントのイングランド、オランダとのみ貿易をすることで、ヨーロッパ文化の流入を最小限に抑えて、交易の利益を確保しました。
徳川幕府は基本的にこの政策を継承することで、260年の泰平を実現しました。
徳川幕府が倒れたあと、明治政府が「文明開化、産業革命」を実現できたのも、日本が欧米諸国に簡単には支配されないだけの体力がついていたから、と言えます。
徳川の鎖国という悪政によって日本は停滞した、というのは、幕府を倒して成立した明治維新政府によるネガティブキャンペーンなんです。








