そうか、今週末は選挙とオリンピックが重なるから「豊臣兄弟」はお休みか。
人質になって梯子を外された藤吉郎の運命やいかに、てゆうか松尾諭さんの次郎左衛門はどうなる、の話は再来週に持ち越しです。
ところで、「どうして、信長の妻の帰蝶(濃姫)が一向にドラマに出てこないの?」と、界隈がザワついていますが。
帰蝶は、「豊臣兄弟」には、出ないでしょう。
だって、そのぶん「お市(宮崎あおいさん)」の出じろを増やせるから、です。
今年のお市は、あきらかに、普通なら信長の「妻」がやるような役割を担っています。
このドラマは「豊臣兄弟」だから。
秀吉との関係でいえば、お市は重要人物だけど、濃姫はほぼ関係ありません。
そういえば「どうする家康」にも、濃姫は登場しませんでした。家康とも、ほぼ関係ないから。
そもそも帰蝶(濃姫)って、司馬遼太郎先生が「国盗り物語」で膨らませたおかげで有名になったけど。史実ではほとんど実像が分かっていない、いつまで信長の傍にいたかも全く分かっていない、いわば「架空に近い」女性なんですよね。
ということで、「大河ドラマでの、信長の奥さんの変遷、みたいな話をさせてください。
「麒麟がくる」の川口春奈さんが大人気だったお陰もあり、信長の奥さんといえば帰蝶、と今ではみんな思っていますが。
三十年ほど前のNHK大河ドラマ「国盗り物語」(信長は高橋英樹さん)では、帰蝶=濃姫(松坂慶子さん)は信長の生涯ただ一人の愛妻でした。
本能寺にも一緒にいて、薙刀で明智軍と戦って死んでいます。
信長だって立派な戦国大名なんだから、跡継ぎ確保のために側室はたくさんいたはずなんですが、そうした女性は影も形もでてきません。
原作者の司馬遼太郎先生は、戦後民主主義者であり猛烈な愛妻家でもありましたから、一夫一妻制の信奉者です。史実はどうあれ英雄・信長に側室だの愛人だのメカケだのがいることは許せなかったのでしょう。
ですから、斉藤道三の娘を唯一の愛妻と定め、道三は娘婿の信長に美濃を譲るという遺言を書いて死んだ、ということで小説「国盗り物語」の第一部と第二部をつなげました。
いわば「司馬先生の独自のポリシー」が、この設定には大きく反映しています。
大河ドラマと司馬遼太郎のコンビネーションの威力は、強烈ですから、しばらくはこの濃姫像が国民的スタンダードでした。
ところが、十数年前の「信長 キング・オブ・ジパング」(信長=緒方直人さん)では、濃姫(菊池桃子さん)と信長との関係は終始微妙となる一方、「しの」という側室(高木美保さん)が登場してきます。
さらに「秀吉」(竹中直人さん主演)では、信長の「事実上の正室」として、生駒家の後家・吉乃(きつの、斉藤慶子さん)の存在がものすごく大きく描かれるようになります。
このあいだに何があったのか。「前野家文書」という新発見資料に注目が集まった時期です。
新発見といっても、伊勢湾台風のときに浸水した愛知県のある旧家の土蔵を整理していたら、文書が出てきた、これが前野家文書、またの名を「武功夜話」ですが、これを詳しく読んでいくと、吉乃という女性が信長の事実上の正妻であったということが「判明」したのです。
歴史好きは色めき立ちました。これで、信長にまつわる大きな謎が解明されるからです。
正妻のはずの濃姫が、嫁いだという記録があって以降、ほとんど資料に出てこないのは何故か。
子供も産まれていないし、実は信長と濃姫は政略結婚以上の関係ではなかったんじゃないか、愛情などなかったんじゃないか、と推測してもかまわん、という雰囲気になりました。
司馬先生はなんか間違えてたね、ということになってたんです、世の中の空気は。
しかし、この「前野家文書」、そんなに手離しで信用していいのか、という反省が、やがて主流になっていきます。
理由は、この文書が「面白すぎる」からです。
信長は事実上の正妻である吉乃の住む生駒屋敷に頻繁に滞在し、秀吉ら家臣とともにさまざまな戦略を練ったりしており、その様子が「実際に聞いたこと」として、つぶさに描かれています。
あまりに面白いと、最初は熱狂しますが、そのうち「本当か? これ、盛ってないか?」ということにもなります。
要は、吉乃と生駒家にとって、あまりに都合がいいのです。
この前野家文書、リアルタイムのものではなく、かなり後世、江戸時代に書かれたものであることは、実は最初からわかっていました。
であれば、書いた者に都合よく相当の脚色がされているに違いない、と考えるべきですし、信長と秀吉が作戦について語りあっている様子などは全部「創作である」と考えたほうが妥当です。
となると、吉乃が信長の「事実上の正妻」というのも、かなり怪しくなります。
現在、前野家文書は、学術的にはほとんど「偽書」扱いされています。つまり、現状では、信忠と信雄を産んだ吉乃という女性が「いた」ということ以上は何もわからないのです。
ちなみに、綾瀬さんが帰蝶を演じた映画「レジェンド オブ バタフライ」では、吉乃はワンシーンだけ登場しています。演じていたのは見上愛さん、光る君への中宮彰子様です。
ちなみにちなみに、今年の主人公である小一郎秀長がクローズアップされるようになったのも、この「秀吉」からではないかな、と思います。このときの原作は「豊臣秀長」という著書もある、堺屋太一先生です。この先生が、濃姫を消して秀長を押し出したのに大きく貢献しています。秀吉の奥さんも「ねね」ではなく「おね」になりました。
NHKも「軍師官兵衛」では内田有紀の濃姫が華々しく復活し、本能寺で信長と一緒に死ぬ、という松坂慶子パターンを踏襲しました。やっぱ、司馬遼太郎先生が正しい、ということになったわけです(ちなみに「信長協奏曲」の人物設定はほとんど「国盗り物語」の引き写しです)。
でも実は、濃姫だって、「分からなさ」は、吉乃とどっこいです。
濃姫については、信長のところに嫁に来た以外は、確たる記録が、何もありません。
「濃姫」という名前がその後、一向に記録にでてこないので「早くに病死した」「美濃攻めの前に実家に帰された」という説もありますが、結局「いつまで信長の正妻として生きていたか」も、分からないのが実情です。
本能寺で信長と一緒に戦って死んだ、というのも(大河ドラマなんかだとたいていそうなってますが)、後世の物語作家の想像に過ぎません。
本能寺の直後に安土城から脱出した女性に「安土殿」という名前があり、いかにも正室っつぽい呼び名なので、これが濃姫のことだという説もあります。
つまり、信長が死んだ後まで生きていて、どっかで余生を送ってたかも知れないのですが、そのとき何とよばれていたかも分かりませんから、確認しようもありません。
濃姫は、史実的には全然わからない、幻の女性です。
だから、ドラマや漫画の濃姫は、登場する物語ごとに、ぜんぜん性格も違えば、設定も違うのです。
「信長のシェフ」の斉藤由貴さん、「信長協奏曲」の柴咲コオさん、「軍師官兵衛」の内田有紀さん、「麒麟がくる」の川口春奈さん、それぞれ、ぜんぜん別の人物像でした。
そういえば漫画原作の「信長協奏曲」って、実はまだ完結してないんですよ、恐ろしいことに。だから漫画の濃姫が本能寺のときどうしてるのかは、まだわかりません。
それにの漫画原作の濃姫は淑やかで可憐な、柴咲さんとは正反対の性格だったりするんですよね。
ドラマ・映画版(信長は、他でもない小栗旬さん)では、とんでもない跳ねっ返りの女性像でした。そのほうが、絵にはなる。
我々は歴史学者ではなく、史料も存在しないのだから、好きに想像をふくらませて一向に構わないわけで。本能寺で勇ましく薙刀で戦って華麗に散る濃姫が好きなら、それでいいし、安土城を健気に守る濃姫が好きなら、それでもいい。いちいち史料によって証明する義務はないわけですが。
裏を返せば、どう想像しようと自由なほど、史実では分かっていない女性なんだ、ってことです。
ドラマのテーマが「信長メイン」でなければ、登場させる必要はない。その分、お市の存在感を大きくしておくのが、ドラマとしては正解、と言えます。
余談ですが。











