羽柴秀吉が織田信孝を攻めて殺したのは、主家に刃向ったことにならないか?明智光秀とどう違うのか? | えいいちのはなしANNEX

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このブログの見方。写真と文章が全然関係ないページと、ものすごく関係あるページとがあります。娘の活動状況を見たいかたは写真だけ見ていただければ充分ですが、ついでに父の薀蓄ぽい文章を読んでくれれば嬉しいです。

秀吉の信孝殺しは、主家に刃を向けたことには、なりません。
いわゆる「下克上」というのを、ルール無用、何でもアリだと思っている人が多いですが、それは間違い。正しい下克上の手続き、ってのがあるんですよ、厳然と。
主家を乗っ取りたければ、まず主家に内紛を起こさせ、どちらかを担ぐこと。現主君の、兄弟でも叔父甥でも従兄弟でもいいですが、「俺のほうが正しい後継者である」と言ってるヤツを連れてきて、そいつに味方して現主君を倒せばいいんです。
いきなり自分が主君の地位に取って代わるのは反則、それやったら「謀反」になり、やっぱり世間から袋叩きになります。
だから必ず、主家の人間を代わりの主君に立てること。これ、重要。


新しい主君は、あなたのおかげで主君の地位についたのだから、あなたに恩があるはずです。
それなのに、あなたの傀儡でいることが不満であなたを排除しようと企むようなら、これはもう仕方ありません、そんな恩知らずを追放するなり何なりしても、世間は納得します。
これであなたは「正しい手続き」で主家を凌ぐことができます。
斎藤道三が、美濃の守護・土岐家を排除したのも、織田信長が、尾張の守護・斯波家を排除したのも、さらに足利将軍家を追放したのも、全て、この2ステップをちゃんと踏んでいます。たから世間の反発がなくて、あるいは少なくて済んだんです。
明智光秀は、この手続きを全く踏んでいません。だから「主家に刃を向けた極悪人」のレッテルを貼られてしまいました。世間を敵に回したら、誰も味方がいなくなり、滅亡必至です。

秀吉は、あくまで次男信雄を担ぎ、その命令で三男信孝を殺したのですから、主家への謀反にはなりません。しかも信雄に恩を売った、これはちゃんと世間が見てますから、次に信雄が不満を鳴らして逆らってきたときは、これはもう、戦争しても、追放しても、非難はされません。
小牧長久手は、これです。

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