日比谷近辺でみつけたモノ。有楽町駅の出口すぐ前に神社があるんだ、今まで気にしてなかったな。
「パブリック・エネミーズ」ですけど、私は外国人の顔と名前を覚えることがたいそう苦手です。なので、このテの映画はいっしょうけんめい見ていてもなかなかストーリーを把握できません。なにせ、ジョニー・デップだけはかろうじて識別できるものの、ちょっとメガネとヒゲで変装したりすると、もう「あれ、誰だっけコイツ?」ということになってしまうのです。ましてや他のギャング連中は、みんな似たような服を着てるから、誰が誰やら。そんななか、まあなんとか分かったことは、「どんなに切羽詰まっても、頭の悪い奴と組んではいけない」ということですね。しかも、頭の悪さは土壇場で出るんだ。気をつけよう。
映画のストーリーがよく分からなかった一因は、これが「実在の人物を描いているから」というところもあったかと思います。つまり、主人公が必ずしも物語的に合理的な行動を取らない、「え、なんでそんあことするの?」というのがしょっちゅうあった、ということですね。
たとえば死に方にしても、あんなに頭が良くって用心深かった男が、なんでのこのこ映画見に出かけるのか、正直よく分からなかったんですけど。たぶん、彼は映画館から出てきたところを殺された、というのが史実なんで、しょうがないんでしょう。
突然、花形敬という伝説のヤクザの話を思い出しました。
実在の、終戦直後の渋谷で勢力を誇った安藤組の幹部で、メチャクチャ強かったらしい。本田靖春の「疵」というノンフィクションになっており、それを原作にした短編漫画が「栄光なき天才たち」の一編としてあります。
彼は最期、対立組織に路上で撃たれて死ぬんですが、そのときなぜかアイロンを持っていたんですって。これは史実です。
で、彼を主人公にした映画が、菅原文太主演のヤツと、陣内孝則主演のヤツがあります。題名は・・・たしか文太さんのは「実録安藤組外伝」みたいなんで、安藤組長本人が出演してた。陣内のはうは「疵」でした。
菅原文太の花形は、情婦のところに行く途中だったという、いかにもありそうな設定です。ところが、陣内の花形は、実家の母親を訪ねようとする途中だった、ということになってるんです。
これは、だいぶんキャラが違ってしまいます。菅原は、「狂犬」と恐れられた花形の旧来のイメージに忠実ですが、陣内の花形は実は親孝行で身内には優しくお洒落な伊達男です。本田さんの「最新調査」を踏まえた設定なのかも知れませんが、どっちにしても推測というか、どっちのほうが「より、一人の人間らしい」かという解釈の問題になるのかなあ、と。
というわけで「パブリック・エネミーズ」ですけど。
どんな強烈なキャラクターを持った人物でも、いや強烈なほど、必ずしも性格が分かりやすく首尾一貫しているわけではないんだろうと思うし、ましてや隠れて逃げ続けた犯罪者だったら、表面に現れた「事実」を繋ぎ合わせていくと、どうしても辻褄が合わないところとか出てくるんだと思います。
「実在の彼をモデルにしたフィクション」として作るんであれば、たとえば逮捕されずに彼女と逃げおおせる、みたいな筋にするテもあったかも知れないし、映画としてスッキリ爽快な娯楽作にしやすかったんだろうと思いますが。