えいいちのはなしANNEX

えいいちのはなしANNEX

このブログの見方。写真と文章が全然関係ないページと、ものすごく関係あるページとがあります。娘の活動状況を見たいかたは写真だけ見ていただければ充分ですが、ついでに父の薀蓄ぽい文章を読んでくれれば嬉しいです。

斎藤龍興、死なず!
少年龍馬だった濱田龍臣さん演じる斎藤龍興、生きてました、てゆうか、なんか逞しくなって復活してきました! 嬉しい!

正直言って、龍興は「豊臣兄弟」にこれまで登場したキャラのなかで、私が最も共感してしまうキャラかも知れません。

無能な三代目と家臣からも侮られ、虚勢を張って強権的に生きて来た美濃国主時代。しかし、負けて逃亡し、守るものがなくなったことで、なんか解放され、逞しくなって帰ってきたような気がします。
いいなあ、龍興! こういう裏番キャラが、大河には必須なんですよ!

機転が効いて、異能があって、毎回みごとに危機を乗り越え、階段をスイスイ登っていくような主人公たちより、こういうコンプレックスと挫折を抱えた凡人、「無能の人」のほうに、私は自分に近いものを感じる訳です。

信長への復讐に執念を燃やす龍興、今回は、祖父道三の兜を被っていません。「俺は俺だ」と吹っ切れて、肝が据わった感があります。

それに比べて、三好三人衆の甘いこと‥、こいつら所詮は「負ける前に逃げた」やつらで、全てを失った経験がないんですよね。龍興とは覚悟が違う、と言っていいでしょう。

斎藤龍興は、このあとも反信長陣営を転々として、朝倉氏と共に戦う、はずです。
粘れ、龍興。生き恥をさらしても、生き続けろ!?

我々「司馬遼太郎世代」てゆうか「国盗り物語」をバイブルにしてきた人間は、斎藤龍興なんて美濃から逃げた時点で「歴史から消えた」奴でした。その後どうしたか、なんて気にしたこともありませんでした。

生きてるんですよ、負けた奴だって。歴史は、信長や秀吉みたいな天才だけで作ってるわけじゃあ、ないんですよ。

本國寺の変で、もう一人「国盗り物語」的バイアスを大いに裏切ってきたのが、足利義昭ですね。

この将軍は、人の上に立つ器です。
明智光秀が忠義を尽くすに足る人物です。
先取りして、もう一度言っちゃいましょう、本能寺の黒幕になれる男です。
(もちろんこれは、「豊臣兄弟」限定の話です、史実がどうだかは、知りません)

最初に「従者に身をやつして」登場するような人物が、小物のはずがない、これは歌舞伎以来、ドラマの鉄板あるあるです(‥だと思う)。

今年は、寧々さんの出じろが少ない!
今週はついに寧々さん出ませんでした。せっかく浜辺美波さんをブッキングしているのに、この扱いはなんでだ?

理由は簡単です。普通の秀吉ドラマでは妻の寧々さんがやるはずの事を、今年は全部、小一郎がやってしまうから、です。まあ「豊臣兄弟」なんだから、これは仕方ないわけですが。

たとえば、墨俣に素早く砦を築くには、どうすればいいか?というとき、汁物の料理を作ってた小一郎が、「そうか、下拵えが大事なんだ!」と気付くシーン。
あれなんか、ホントだったら寧々さんが料理して気がついたっていい場面ですよね。しかしこのドラマでは、木下家の家事も寧々さんより小一郎がやっているような印象を受ける。
なんか心配になってきました。主人公が「持っていく」のは仕方ないにしても、寧々さんはこの先、どうやって存在感を発揮していくのだろうか、って。まあ余計なお世話でしょうが。

私は浜辺美波さん不足を補うため、「センセイ君主」とか「君の膵臓を食べたい」とか「屍人荘の殺人」とか「アルキメデスの大戦」とか、古い映画を見まくってます。

あ、「ほどなく、お別れです」はもちろん真っ先に観に行きました。あれは、良かったですよ。

なぜ今年の大河には「帰蝶」が登場しないのか?これも理由は明白。「お市」さまが、信長の奥さんがやるべき事を全部、やってしまうから、です。

もちろん、宮﨑あおいサンが大物だから、ってのはありますけど。

このドラマのお市と信長の仲は、なんか只事ではないな、っと感じるのは、私だけでしょうか?なんか、仲のいい兄妹っていうより、恋人のように見えます。


この「豊臣兄弟」のドラマでは、つねに夫婦より兄弟(兄妹)のほうが、大切なんです。そういうテーマのドラマなんです。だから、帰蝶の居場所はないんです、このドラマでは。

直さんは「私と藤吉郎と、どっちが大切なの!」と叫んでましたけど。もちろん、兄のほうが大切なんですよ、だってこれは、そういうタイトルのドラマだから。申し訳ないですけど。

藤吉郎にとっても、寧々さんより小一郎が、大切っていうか、重要なんです。これはしかたない。
来週から出てくる小一郎の(歴史上実在の)奥さん「慶(吉岡里帆さん)」も、ストレス溜まりそうな予感がします。
ドラマの焦点が、兄弟(兄妹)の愛憎に集約されています。
今週は足利義昭が、兄に対するアンビバレントな感情を語っていました。徹底してます。
お市が浅井家に嫁いだのも、それが兄信長の役に立つから、です。
しかし、夫である浅井長政(中島歩さん、チート級に、いいひと!)の愛に、絆されていきます。
これは、どういうことか? 夫婦より兄弟、という原則がついに崩れたのか?
私は敢えて、そうではない、と言います。

つまり、これで浅井長政は、真の意味で信長の「弟」になるわけ、ですよ。義理の、ではなく、心から信頼できる弟になるんです。

信長の弱点は「弟を殺したトラウマ」です。その代償行為でお市を溺愛していた、とも言えます。
その市が愛するなら、浅井長政は、弟です。信長はようやく「弟」を得るんです、信頼できる兄弟を。
‥‥。
天草・島原の乱というのは、本質的には圧政に苦しむ農民の一揆であり、宗教弾圧が主な原因ではなかった、という見方が今日では有力です。
しかし、彼らは「キリシタン一揆」という看板を掲げ、これがあたかも宗教戦争であるかのような演出をした。それは何故か。
「キリシタンの旗を掲げて城に籠っていれば、海の向こうから救世主がやってくる、かもしれない」と考えたから、それしかないでしょう。
何の希望もなしに、田舎の農民一揆が全日本の幕府軍を相手に籠城するなんて、バカげています。彼らは天使の軍団が地上に降臨するが如く、イスパニアの大艦隊が来襲してくるのを待ってたんですよ。
この「キリシタン一揆」に対して、幕府はオランダ船に命じて、一揆勢が立て籠る原城を砲撃させています。
何故?
原城のキリシタンはカトリックであり、オランダはプロテスタントです。
これは「同じキリスト教徒」ではなく「不倶戴天の敵」になります。

当時、本場ヨーロッパでは、新旧キリスト教徒が血で血を洗う「宗教戦争」を繰り広げていました。この世界史的な認識抜きに「島原の乱」を語ることはできません。
プロテスタントのネーデルラント(オランダ)は、もとはカトリックのイスパニア(スペイン)の領地であり、宗教弾圧を受けており、激しい戦争の末に独立を勝ち取ったばかりです。
いわば、オランダにとってイスパニアは憎っくき敵であり、したがってカトリックを奉じる島原の一揆勢も、仇敵の一味なんです。

天草・島原の乱は、単なる日本の農民一揆の範囲を超えて、カトリックとプロテスタントの「世界大戦」の一環になっていた、とまで言ったら大袈裟過ぎるかも知れませんが。
少なくとも「そうなりかねない」と幕府が考えたとしても、あながち杞憂ではありません。
だから、この乱の早期鎮圧のために、どんなに真剣になっても、過剰なことはない、ってことです。
海外勢力の干渉を招く事態の芽は、早目に摘まなければならない、これは国家統治の常道です。
キリスト教にどう対応するか、というのは、常に、そういう視点で考えなければならない問題なんです。

ちなみに、天草・島原の乱の首領・天草四郎時貞は、大坂夏の陣で死なずに密かに逃れた豊臣秀頼の遺児、という説があります。

いや、もちろんトンデモ説ではあるんですが、あながち根拠のない話ではない、というのは。
天草四郎自身がソレを匂わせる演出をしていた形跡があるからです。原城の跡から豊臣の桐紋がついて遺物が発見されたりしています。
まあ真実ではないにしても、天草四郎が豊臣の末裔を自称していた可能性はあります(もちろん、幕府にとっては面白くない話なので、この話は揉み消されて歴史の闇に消えた、という筋書きですけど)。
つまり「原城の籠城戦は、大坂の陣の復讐戦である」という見方もあるんです。どういうことか?

そこで、大坂冬の陣・夏の陣ですが。

何故、豊臣秀頼は、寝返って城方に就いてくれる豊臣恩顧の大名なんか一人もいない、もはやどこからも援軍は来ない、と分かったのに、なお大坂城に籠城したのは何故か。
実は、秀頼がイスパニア宣教師と交渉していて、ローマ教皇の命令で「十字軍」を日本まで派遣して貰おうとしていた、という形跡があります。これはトンデモ説ではなく、記録も残っています。

大坂牢人の中には、多くのキリシタン武将がいたことは事実です。幕府の禁教令のせいで、日本にはもはや大坂城しかキリシタンの居場所はなくなっていたからですが。豊臣秀頼は、これを利用しようとしていたんです。

残念ならが、イスパニアやポルトガルにはそこまでの力はもはやなく、実際には「カトリック艦隊」は大坂にはやってきませんでしたが。
このプランが「ハナから無理」だったのか「惜しいところで間に合わなかった」のかは、正確な世界情勢を知っているわけではない豊臣側からは、分かりません。

原城の籠城軍の中には、当然、大坂で敗れた牢人がいて、秀頼の「カトリック艦隊援軍プラン」を知っていた者がいたでしょう。

彼らが「大坂城は間に合わなかったが、もう一度乱を起こせば、今度こそ」と考えた、というのは充分に考えられます。
だからこそ、天草四郎という少年を「豊臣の末裔」に仕立てて、キリシタン艦隊を呼ぼうとしたのだ、という筋です。

ますます世界情勢についての正確な情報がない一揆勢にとって、これは「一縷の望み」ではなく、それなりにあり得る期待だった、はずです。

だから彼らは、キリシタン一揆を「装った」んです。
NHK「豊臣兄弟」の話
津田宗及役がマギーさん、今井宗久役は和田正人さん、と発表されていますが。
「天下三宗匠」の三人目、千利休役はまだ発表されていません。
おかしいって言えばおかしい。三人セットで発表されてもよさそうなものです。
しかし、豊臣秀吉が準主役のドラマに、千利休が出ない、ってのは、まあー、あり得ないでしょう。
何故、勿体ぶっているのか?
余程の大物が出てくるのか?

思い出すのは、「どうする家康」で、茶々(淀殿)役が直前まで発表されなかったこと、ですね。
あの時も、大河考察界隈が騒然となりましたよね、いろんな名前が上がりましたけど。
結果は超サプライズでした、「ああー、こうきたか!」みたいな。ここで書いちゃうのも何なんで、知らない人はNHKオンデマンドででも観るか、ネットで検索してください。

あの手を、また使ってくるのではないか?

つまり、そこまでに消えている大物俳優が「驚きの大復活」をする、っていう。

そこでズバリ、私は「竹中直人、二役!」という大穴(笑)にベットしたいと思います。
言うまでもなく、豊臣兄弟というドラマに、ミスター秀吉とすら言われる?竹中直人さんが脇役で出ている、というのは、只事ではない、わけです。

松永弾正の従来のイメージは、将軍義輝暗殺に加担し、東大寺の大仏を焼き、主家三好氏を駆逐し、信長に降ったあとも何度も裏切りを繰り返し、最期は信長に攻められて天守閣に籠城し、「平蜘蛛」の茶器を差し出せば許してやるという信長を嘲笑い、爆薬を詰めた平蜘蛛を抱えたまま爆死した、という、とんでもない男です。

が。
この悪人イメージを吉田鋼太郎さんの久秀は刷新しました。教養ある文化人で、茶の湯の世界に精通し、茶器の鑑定の第一人者。
信長が上洛したと見るや、まるでトランプが当選した途端にすっ飛んでいったどこかの首相みたいに、真っ先に駆け付けて、とっておきの茶器「九十九髪茄子」を献上して取り入る、という、「目の効く」男です。
これからは茶の湯でっせ、茶器でっせ、と信長に吹き込んだのは、松永久秀です。

吉田鋼太郎さんが壺の目利きをしながら、「俺が価値があると言った器が、価値があるものになるのだ」と豪語するシーンがありましたが。

勿論、この台詞には「俺が選んだ男が、天下人になる」っていう自信?の比喩として言ってるわけです。

どうでしょう、ここまで聞けば、なんか千利休っぽい奴だな、とか思いませんか? 
かなりキャラが被ってるんですよ、久秀と利休は。


さそ松永久秀の最後は、火薬を詰めた茶釜を抱えて爆死する、という壮絶なもの、だったそうです、てのは後世の創作ではありますが?

なんにせよ、丸焼けだか木っ端微塵だか、とにかく遺体は確認できてない、わけですよ。
これは!と思いませんか?

何らかのトリック(小一郎の手引き?)で燃える信貴山城の天守閣から逃れた久秀が、いつの間にか堺の商人として復活して、豊臣政権樹立に協力する、ってのは、どうですか?

「戦国三梟雄」から「天下三宗匠」へ。
竹中直人さんを処遇するなら、こんくらいやらないと、と私は思うんですよ。

もちろん史実としては、あり得ないですよ、久秀が生きてるうちに利休の記録はちゃんとある、って言われたら、それまでですけど。
でもさ、これは「ドラマ」ですから。

‥まあ、明日にでも普通に千利休役が発表されちゃうかも知れませんけどね、そしたら「あー外したなあ」と笑うだけです、すみません。


なんか最近、松永弾正(久秀)のことばっか考えているもんで(笑)。

昨晩徹夜して、映画「伊賀忍法帖」てのを観てしまいました。山田風太郎原作! 真田広之さん主演!若い!
松永弾正を、中尾彬さん(こっちも若い!)がやってるんですけどね、これがもう、悪いんだ!
平蜘蛛の茶釜が、マクガフィンでいっぱい出ます。
奈良の大仏の首が燃え落ちるシーンもあります。
今回、終盤に「将軍義昭からの(実質は信長からの)上洛命令」を受け取った多くの戦国大名の一人として、注目の、竹中直人さんの松永久秀が出て来ました。

「豊臣兄弟」というタイトルのドラマに竹中直人さんが出る、というのは、これは只事ではないんです。なにしろ、二度の大河に加え、某金融機関のCMでも、「もしも徳川家康が内閣総理大臣になったら」という映画でも、一貫して秀吉を演じ、「秀吉といえば竹中直人」と言われてきた人です。

それが今度は秀吉のライバルというか敵として出て来る。これは、ワンオブゼムの脇役であるはずがありません。
今度の松永久秀は、どういう役回りになるのか? 

我々(司馬遼太郎の小説がスタンダードな)世代には、「松永弾正」といえば「梟雄」のイメージでした。

将軍義輝暗殺に加担した悪党で、東大寺の大仏を焼き、信長に降ったあとも何度も裏切りを繰り返し、最期は信長に攻められて天守閣に籠城し、「平蜘蛛」の茶器を差し出せば許してやるという信長を嘲笑い、爆薬を詰めた平蜘蛛を抱えたまま爆死した、という、とんでもない男です。

山田風太郎原作「伊賀忍法帖」に出て来る松永弾正(中尾彬)、これはもう、とんでもない悪党でさあ。

ドラマ「信長協奏曲」では古田新太さんが演じていましたが、実は(小栗旬さんの信長同様)現代からタイムスリップしたヤクザ、という設定でした。

このイメージを一新したのが「麒麟がくる」の吉田鋼太郎さん、でした。

「麒麟がくる」では、主人公十兵衛光秀が無名なうちから、松永久秀を登場させ、ことあるごとに「この国を平和にするためには、どうすればいいか」について十兵衛に語っていました。
当代随一な教養人です。
初対面でいきなり「相手に鉄砲があると分かれば戦争が起こせなくなる、双方が鉄砲を持てば、どちらも動けなくなり、この国から戦がなくなる」という、まるで核抑止理論みたいな夢の話を語らせていました。
「麒麟がくる」の松永久秀は、従来のイメージの梟雄ではなく、「どうやってこの国に麒麟を呼ぶか」について真面目に考えている、光秀の先達として描かれていたわけです。
「信長は麒麟が呼べる」と信じたからこそ、信長のもとで戦ってきた。
しかし結局、松永は「裏切られた」。信長には麒麟が呼べない、と見切った。そこで秘蔵の「平蜘蛛」を光秀に託したあと、謀叛し、城に自ら火を放ち壮絶な最期を遂げます。
平蜘蛛を光秀に託した意味が、重要でした。
要するに、松永久秀は「俺の遺志を継いで、悪に堕ちた信長を倒し、日本を救え」と伝えたわけです。

麒麟の松永久秀は、とんでもなく「いい役」でした。吉田鋼太郎さんの株を物凄く上げた、と言えます。

しかし、とゆうかだからこそ、「豊臣兄弟」が、これと同じことを竹中直人さんにやらせることは、あり得ないというか、許されないわけです。
ガラリとイメージを変えてくる、というか、麒麟を超えてこなきゃ、いけないでしょう。
さあ、どんな松永弾正久秀になるか、白いのか黒いのか、それを超越してくるのか。

物凄く長くなりますが、もう少し、松永久秀と茶器について語らせてください。

以下次号、ということで。

大河ドラマでも戦国時代と幕末は繰り返し題材になっていますが。

そのたびに「同じこと」をやっていては、視聴者から「またか」と飽きられてしまいます。

だから、つねに「新解釈」を盛り込んで、今年の大河はなんか違うぞ、新鮮だぞ、と思わせなければなりません。

特に、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康は、大河では何度も何度も取り上げられ、いわばコスり倒されているので、毎回、演出を変えて「おお、今年の家康はなんか違うぞ」と思って貰わねばなりません。だから「白信長と黒信長」「白秀吉と黒秀吉」が交互に出てきたりします。

今年の徳川家康(松下洸平さん)は、若いうちから早くも「タヌキ」っぷり全開に描かれています。三年前の「どうする家康」(松本潤さん)の「ウサギ」っぷりとは、全くの別人です。

それでいい、というか、それが楽しいです。「白家康」のつぎは「黒家康」、というわけです。

信長、秀吉、家康の周囲にレギュラー級で出てくる人物も、いい加減コスられているので毎年新味を出さねばならない、という意味では同様です。

前田利家、黒田官兵衛、明智光秀、井伊直政、真田信繁、といった人たちは、主人公のときは当然「白く(善玉に)」描かれていますから、別の大河に脇役で出るときは多かれ少なかれ黒く、あるいはグレーな描き方になります。

明智光秀は、「麒麟が来る」で主人公になったとき(長谷川博己さん)は、当然、誠実で正義を愛する人物でした。

しかし次の戦国モノ「どうする家康」の酒向芳さんは相当エゲツなく往生際の悪い男に描かれていて、これが相当いい味出してました。

ちなみに麒麟の前の光秀は「真田丸」の岩下尚史さん、その前は「おんな城主直虎」の光石研さん、それぞれ思い切りクセが強いキャスティングでしたが、おおむね「白―黒―白―黒」って感じに設定されている、と言えます(もちろん二分法はできませんが、つまり、義の人か、欲の人か、みたいな)。

ということで、「豊臣兄弟」の要潤さんは、順番からいくと「白光秀」ということになりそうですが。

足利義昭の忠臣として登場しており、かなり聡明で肝の据わった人物のように見えます。

このドラマの光秀は、織田信長に臣従するのは「方便」であると明言していますが、私の勘?では、このポジションは今後も一貫するのではないかな、という気がします。

こうなると俄然、この光秀がどう「本能寺」と繋がってくるのか、という興味が沸きますが。「麒麟」ほど細かく光秀が追い詰められていく様子は描かれないでしょう。

と、なれば。

今年の光秀は、あくまでも義昭の家臣であり、心は信長には従わず、義昭が信長に追放された後も密に連絡を取り、最終的に「義昭のために」信長を倒す。

つまり光秀にとって「本能寺の変」は裏切りではない、ってことです。

いままでのどの大河の光秀とも違う解釈で、なおかつ「白光秀」の順番だとすれば、そんな筋になるのでは、と(いまのところ)私は想像しているのですが。

もちろんこれは、史実ではどうだったか、という研究とは全く別の、ドラマのストーリーの話です。

「前の大河ではこうだったのに、今年の大河では違うこと言ってる、これは間違いではないか」とか「本当はどっちなんだ、NHK大河は史実に忠実でなければイカンのではないか」とか言う人は後を絶ちませんが、それは残念ながら間違いです。

「なるほど、歴史研究が進んで、以前の大河は間違っていたということが判明したのか」というのも、早合点です。

前の大河と今度の大河に、整合性は必要ありません。大河は連ドラではなく、それぞれ独立したドラマですから。

今年の光秀と、三年前、五年前の光秀は、別人です。

特に「本能寺の変」の真相、光秀の真の動機、などは「これ」という定説はありようがないので。「麒麟がくる」とも「どうする家康」ともガラリと違う解釈がくるものと、私はおおいに期待しているのですけれど。

・・・如何でしょうね。

大名未満の小さな領主を「国衆」とか「国人領主」といいます。
この「国衆」の連合体が「戦国大名」だと理解したほうがいいです。

今でいえば郡とか市とか程度の領主が「国衆」です。こいつらは単独では領地を守れないので、近所の国衆たちと同盟を結び、なかで一番強いヤツを棟梁にして、他の皆はその家来になる。こうして信濃国とか越後国とかいった国単位(いまでいう県)くらいでまとまったものが「戦国大名」だ、というふうにイメージしてください。

戦国大名の中には、室町幕府の守護や守護代の家が持ち上がった者もいますが、多くは国衆の中で最も強いヤツが「盟主」として担がれた、そういう存在です。
力づくで周りの領主を片端から攻め滅ぼして大きくなって大名になる、というものではないんです。

だから、たとえば武田信玄という戦国大名の家臣の武将というのは、もともと皆「小さな殿様」なんです。

真田などは典型です。もともと、信州真田という小さな小さな領地の殿様だったのが、周辺でいちばん強そうな武田家に服して家臣になり、大名の戦争に参加して戦い、代わりに自分の領地が危なくなったら守って貰うわけです。
これが「御恩と奉公」という、武士の世界の基本的な関係性です。
本来は、この安全保障体制の頂点に「室町幕府」というのがあって、全国の武士が将軍様の家来になることで自分の領地を保証して貰うんですが。
幕府の力が衰えて、将軍のために働いてもイザというとき全然自分の領地を守ってくれる力はなくなっちゃった、というとき、仕方ないから地域ブロックごとに盟主を作って集まって、そのブロック同士で争って勢力を拡げようとする、この状態が「群雄割拠」「戦国時代」というヤツです。
この「ブロックリーダー」のことを「戦国大名」と呼びます。傘下に入って家来になる国人領主は「大名」とはいいません(江戸時代と戦国時代では、大名という言葉の基準が違います)。

何故、小さな勢力は、簡単に隣の大勢力に滅ぼされずに存在できているのか?

といえば。

真田のような国人領主(大名とは言わない)が自分の領地を守るためには、近くでいちばん強いヤツ(大名)の家来になって、その傘下に入ることです。それが武田信玄であり、武田勝頼だったわけで。
ところが、その親分である武田勝頼が滅亡してしまいました。さあ、どうする、というのが、大河ドラマ「真田丸」のスタート時点の状態でした。真田家は、武田と一緒に滅ぶことは免れたものの、いわゆる「大国の傘」から放り出されてしまったわけです。
では、どうするか。自分を取り囲んでいる大勢力、上杉、北条、徳川、どれかに駆け込まなければなりません。こないだまで敵だったのに、とか言ってる場合ではありません。

大名のほうだって、いくら小さい国衆だといっても、戦争で攻め滅ぼすより、むこうから自分の傘下に入ってくれたほうが、圧倒的にコスパがいいわけですから。一種のスカウト合戦みたいになります。半端に攻めたら必ず向こうの陣営に就かれてしまいます。敵を無用に増やすだけです。

戦国時代は何でも力づくの世の中ではないんです。
真田は、生き残るために「周りの三者のなかで、どれに付いたほうが生き残る確率が高いか」「どの勢力が自分をいちばん高ーく買ってくれるか」といったことを考えながら、どこに付くかを選択し、上手く世の中を渡っていかなければならないわけです。

どの戦国大名の下につくかは、自己責任です。逆に言えば、どの大名につくのも(ある程度は)自由、つねに選択肢がある、ってことです。

ウチの大将はダメだ、と思ったら、出奔して隣の大名につく、そんなのは、戦国時代なら、よくあることです。だってみんなもともと小さな殿様なんだから。

で。

「いつ裏切るか分からないんだから、家来なんかにするより、先にみんな滅ぼしてしまえ」
こういう発想をする大名に、あなたは付いていきたいと思いますか。そいつは国を維持できると思いますか。
ラオウみたいな奴が天下を取れるのは漫画の中の世界だけです。
おお?これは斎藤道三の兜ではないか!?
私、これ見て、なんか涙が出てしまいました、少年時代を思い出して?

「国盗り物語」はもう五十年前ですが。私が初めて熱中して見た大河ドラマでした。司馬遼太郎先生の原作小説も読みふけりました。

主人公松波庄九郎が、盗賊まがいの浪人から一代で出世して、ついに美濃の守護代斎藤氏の名跡にまで上り詰めた(つまり国をを盗った)、そのときに自分で製作したのが、この「波」の家紋です。
家紋というより、斎藤道三個人の紋章でしょうか。

「左右の波濤が二つと三つなのは、世の中には割り切れることと、割り切れないことがある、ということを表しているのだ」

これは、ドラマの中で(平幹二郎さんが)言ってたのか、それとも当時学研から出ていた学習マンガ日本の歴史(大河ドラマを当て込んだ二次出版物の一つ、カゴ直利先生が絵を描いてた)で読んだだけなのか忘れましたが。

子供心に、すげえカッコイイ、と感動して、このマークをノートや教科書にどんだけ落描きしたか知れません。
しかし道三は、「自分は道三の実の息子ではない、前守護土岐頼芸の子なんだ」と知った義竜(当時はもっぱらこっちの略字)に攻められて、滅ぶわけです。
義竜は当然「道三の子」であることを否定して偽父を討ったわけですから、当然、道三の波の紋章は受け継がず、土岐氏の桔梗紋を使うわけです(学研の漫画では、斎藤ではなく土岐義竜と名乗ってましたが、史実ではこれ以降、一色義龍と名乗ったようです)。

四年前の「麒麟がくる」でも、伊藤英明さんの義龍(こっちの字になってます)は、本木雅弘さんの斎藤利政(道三)を「あいつは実の父を追った簒奪者だ」と全否定して滅ぼします。

歴史研究が進んで、斎藤道三は親子二代で成り上がったということが分かってきたので、麒麟がくるでもそのように変わってましたが、「義龍は、道三を全否定して美濃国主になった」という設定自体は、国盗り物語と同じでした。道三の遺志は娘の帰蝶と、その夫の織田信長に受け継がれる、ということになってました。

ところが。

この「豊臣兄弟」では、父の義龍が全否定したはずの道三の紋章のついた兜を、息子の龍興が被っているんですね。
これは、どうしたことか?
どうやら、この「豊臣兄弟」のドラマでは、龍興は堂々と?「道三の孫」である、とビジュアルで宣言しているわけですね。「国盗り物語」「麒麟がくる」とは、完全に世界線が違うことになった、らしいです。

龍興を演じている濱田龍臣さんは、言うまでもなく「龍馬伝」で主人公龍馬の少年時代を演じていて。様々な活躍の末に「斎藤龍興」として大河に戻ってきたわけで。「龍」の字つながりで言えば実に感慨深いところですが。

濱田龍臣さんがインタビューで語るところによると。
偉大な祖父道三、父義龍と比べて、出来の悪い三代目として家来からも侮られている、そのコンプレックスを常に抱えて、肩肘張って無理して強権的に生きてきた。
そういう屈折ある「嫌な男」を意図的に演じていますので、皆さん存分に嫌ってください(笑)、といったようなことをおっしゃっていたそうです(記憶による意訳です)。
偉大な祖父に近づきたい、という決意が、波濤の兜、というわけですね。
あー、いいなあ!  龍興いいなあ! なんか、このウザいキャラが、なんか大好きになってしまいました。

ちなみに小栗旬さんの信長の兜って、これ、蝶ですね。

始めてみました、この形は。
信長はこのころ、平家の末裔(平清盛の子孫)を自称するようになっていますので、その意思表示でしょうか。
あるいは、ドラマには出てこない「帰蝶」を暗示しているのかも知れません、画面には見えないけどどっかにはいると思ってくれてもいいですよ、っていう。
どうすかね。

歴史初心者が豊臣秀吉について知るためには、どこから入るのが一番いいでしょうか?

と聞かれたら。

「まずは今やってる豊臣兄弟を見てください」と言いたいところ、ですが。

うーん。

大河ドラマは、初心者にはちょっと危ないところがあるんですよ。

というのも。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の日本史ビッグ3は、人気もあるので繰り返し登場していて、日本人なら誰でも(?)よーく知っていて、イメージが定着している。ぶっちゃけた言い方をすれば、もうコスり倒されているので。
今更、よくある秀吉を見せても、誰も喜ばない。
新作ドラマでは常に「いままでの秀吉像を、どうやってひっくり返して見せるか」という新鮮さ、奇抜さを競う脚本演出になりがちで。
「秀吉なんてもうドラマで何十人も観てきたけど、今年の秀吉は相当ブッ飛んでて面白いぞ」というふうに、とにかく捻(ひね)ってくるのが通例です。

だから、スタンダードな秀吉という基礎知識がないうちに「豊臣兄弟」を観ても、秀吉ってサイコパスじゃん、変な奴すぎる、なんでこんな人が日本のトップに立てたの? っていう印象にしかならない危険性があります。

もちろんドラマとして誰でも面白く観られるように作ってはありますが。基礎の秀吉を全く知らないウブい人には、おおいに誤解を与える代物、とも言えます。
最近のマンガや小説も、同じようなところがあります。突拍子もないモノを描かないと人気出ないですけど、なるほどこれが歴史か、と思い込んでしまうのも問題ですし。
だからって、まずは正しい秀吉についての基礎知識を、と言って、勉強が得意でないという人に学術研究書を勧めるのは、違うと思うんですよね。
まずは、わあ面白い、という「古典」から入るってのがいい、とは思うんですが。古典っても古文読めってんじゃなく、世間で評価が定まっているエンタメ、くらいの意味で。

私のお勧めは司馬遼太郎の「新史太閤記」です。理由は史実に忠実だから、では勿論ありません。

司馬遼太郎はエンタメ小説家であり歴史学者ではありません。ただ、あまりに面白いので世に広まりかたが半端なく、「スタンダード化」していて。これが「標準」と世間では捉えられています。
後進の歴史小説家、エンタメ作家は、みんな司馬遼太郎を読み耽って育った人ばかりですから、極端言えば今の世に広まっている戦国モノのエンタメは、マンガ、ドラマ、映画、演劇、全部「司馬遼太郎の二次創作」と言っていいです。
司馬遼太郎の書いた信長、秀吉、家康像を、いかにびっくり返すか、あるいはハネさせるか、みたいな競技大会みたいなところがあるんです。

ガンダムならファースト、エヴァンゲリオンならオリジナルのテレビ版。これを知らんでジークアスクだのシンなんとかだのから入っても、何がそんなに面白いのか分からんでしょ。
司馬遼太郎の「国盗り物語」「新史太閤記」「関ヶ原」「城塞」は、そういう意味でスタンダードを身につけるにはよい教材?です。
とは言っても。新史太閤記だけでも厚めの文庫で上下巻あります。


しかも困ったことに?賤ヶ岳で勝って実質天下を取った時点で小説は終わってるんですよ。このあと関白になってやり放題やって残虐さを発揮して日本を滅茶苦茶にしたブラック秀吉を、司馬遼太郎はちゃんと書いてないんです。
あの人は生粋の大阪人ですから、豊臣を愛することは阪神タイガースを愛するのと同じで‥この話は長くなるので、またにしましょう。
これって、たとえば大河ドラマでも結構同じで、緒形拳主演「太閤記」も竹中直人主演「秀吉」も、主人公が晩年に闇堕ちする前にドラマ終わってます。今年の「豊臣兄弟」も、多分そうなるでしょう。
晩年のブラック秀吉は、緒形拳は「黄金の日日」で、竹中直人は「軍師官兵衛」で、主人公ではなくなった立場で演じ直しています。

過去の大河ドラマはNHKオンデマンドを探せば結構観られる、いい世の中になりましたが。それでも、ワンシーズン全50話近くある大河を今から見ろというのは、なかなかハードル高すぎる話ですし。

正直に言えば、まず入門するなら、学研なんかから出ている「学習マンガ 日本の歴史」みたいなやつが一番いいです。こういうのが、基本として読むには妥当です。

なお、「センゴク」とか「信長協奏曲」とかは、いきなり読んではいけません。ああいうのは全部、スタンダードを知っている読者のための「ひっくり返しモノ」ですから。

「徳川家康は今川義元に感謝してた、尊敬していた、のか?
「どうする家康」の野村萬斎は、従来の今川義元像をかなり刷新したものでした。

一昔前までは、幼い竹千代(家康)は今川の人質にされて冷遇(虐待)されていた、みたいなイメージが主流でした。

若君を人質に取られていた三河衆は常に最前線で戦わされて、今川を物凄く恨んでいた、だから桶狭間で今川義元が討たれるや、松平はとっとと今川から離反して織田と同盟した、というわけです。
最近になって、この認識は大いに変わっています。
松平元康(のちの家康)は、今川義元に大いに優遇されて(可愛がられて)いて、最高の教育を与えられ、一族の娘を娶せられ、一門衆としての扱いを受けていた。
今川義元は優秀な戦国大名であり、教養人で人格者で、家康は大いに義元を尊敬していた。
といった風です。

従来のイメージというのは、あくまで「信長、秀吉、家康」を日本人のメインストリームと考えることに由来します。

日本の歴史はこの3人が(良い方向に)前進させた、だからその味方は善玉、敵は悪玉、みたいな色分けをしていたわけです。

しかし、歴史って、そんなもんでもないわけで。

今川義元が「英傑・織田信長の敵だから」というだけでネガティブに語られるのは、まあ公平ではないだろう、と思われて、反動が出ているのが昨今の風潮です。
但しこれだって「潮の満ち引き」みたいなもんがあって。今川は善玉、という解釈が定着したわけでもないでしょう。
実際、大河ドラマの描き方でも、元康が今川に「重用されていた」のか「酷使されていた」のか、どんなニュアンスで描かれるかは、その年ごとの演出方針によります。
「どうする家康」は前者だけど、「麒麟がくる」は後者だったな、「おんな城主直虎」はどうだったかな、とか思い返してみたりすれば、ドラマごと、作品ごとに関係性は変わるのがわかります。


なんにせよ、

「何故徳川家康は今川義元を感謝していた」
と大前提みたいに言うほど、決めてかかるものでもないでしょう。いまさら本人に「感謝してましたか、実際のところ?」とか聞けるわけでもなし。
家康にとって今川義元は「育ての親」みたいなもんですが、父親に感謝する息子ばかりではない、抑圧された、虐待されたって主観的に思い込んでる子供もいるわけで。

ちなみに。

家康は、今川義元の人質だった、わけですが。
人質という言葉から、現代の銀行強盗やハイジャック犯に囚われている被害者と同じような悲惨なイメージを持つと、間違いです。
戦国時代におけるいわゆる人質というのは、「証人」という言い方をするときもありますが、敵対しません、という約束のシルシとして大事な息子を預けるわけです。
ほっといても背かない譜代の家来からは、いちいち人質は取りません。人質をとるのは、今だけ味方についてくれている外様の勢力からです。状況が変われば敵に回るかもしれない、だからわざわざ「証人」として、相手の大切な息子を預かるわけです。
だから、これを冷遇したり虐待するようなバカなマネはできないのは、当たり前でしょう。
預かった側としては、相手を大切な味方として繋ぎ止めておかなければならないわけで、なるべく好印象を与えるように厚遇しておいたほうがいいに決まっています。
息子同然に本気で可愛がり、側近にして働かせ、反逆したいという気持ちなんか間違っても起こさせないようにする。そうして、バックにそれなりの実家がついている若者を「親衛隊」として組織できれば、これはもう心強い。
デキる殿様なら、みんなそうするはずです。今川義元だけが特別に人格者だったわけではありません。

今川義元における松平竹千代(徳川家康)は、織田信長における蒲生氏郷と同じ、豊臣秀吉における結城秀康、伊達秀宗、宇喜多秀家とかも、みんな同じです。一般論としては、彼ら人質チルドレンたちは、結果として出世させて貰って「感謝」してるだろうな、とは想像できます。


家康は、義元の息子の氏真を、武田信玄と挟み討ちにして攻めて、戦国大名としての今川家を滅亡させています。
しかし、その氏真をその後なにかと世話をしてやったのも家康です。亡命先の北条を追い出されたのを保護してやり、京都に登って公家の仲間入り?をさせる手助けをし、所領も与え、その子孫は高家旗本として幕府に仕えています。忠臣蔵で有名な吉良上野介も女系ですが氏真の子孫、てことは義元の子孫です。
かつて義元に親切にして貰った恩返し、かも知れません。単に家康が「名家好き」なだけ、とも言えますが。