知っている人が大半だろうが、基本的にフランスでは室内で土足だ。
毎日毎日、せっせと箒で掃いては洗浄剤入りのバケツを使って水拭きをする。
そしてやっと乾いたと思ったらまた土足で砂まみれになる。


こんな繰り返しに、私はほとほと疲れている。


私の職場にいる、パトリック。推定年齢55歳。
彼は、住み込み従業員用キャラバンで飲んだくれていた日々もあったが、
今は進んで設備や清掃の仕事に励んでいる。


彼は、食器などを拭くダイフキで泥まみれの床まで拭いてしまう。
そしてにこやかにこう言うのだ。

「なあに、洗濯機で洗えば何てことないさ」


このシチュエーションには覚えがある。
私の義母、王女様だ。


ちなみに、なぜ王女様なのかは、また後日お話しする。

彼女は下着も雑巾もなにもかもをぎゅうぎゅうにマシンに詰め込んで洗ってしまう、
洗濯機様崇拝者の代表選手だ。 


全員とはいわないが、これはフランス人特有の感覚なのだろうか。


私は、洗濯場で雑巾とダイフキをこっそり分別するたびに、
いつも同じ思いに苛まれる。

なぜ、気持ち悪くないのかと。
そもそもなぜ、土足なのかと。

夫が、私を呼んだ。
何かと思ってついていくと、パソコンの画面を見せられた。
そこには一人の老人の姿があった。

見覚えがあった。
この町に住んでいる男性だろうか。

青い大きな目、金色の口ひげ…



その老人は、夫が生まれて初めて目にした、夫の実父だった。
瓜二つの顔、それが紛れもない証拠。



私の夫には、生まれたときから父がなかった。
義母は未婚で私生児を産み、生まれた息子には
「あなたの父親は私たちを捨てたのよ」
と言いきかせ、夫に父親を憎むように仕向けてきた。


夫は見知らぬ父を憎み、父親への愛情を固く閉ざして生きてきた。



夕べ、夫はふと、思いついたように父の名をネットで検索してみたそうだ。
そうしたら何と、いくつものサイトがヒットした。
父の偉業を讃える記事もいくつか見つかった。
その中から見つけた父の近影、それが私に見せられたものだ。



彼は医者であり、国際的に名を馳せた心理学者だった。
しかし、彼はつい4日前の3月7日にこの世を去っていた。


幼少期から不安定な心と鬱に悩まされている夫。
実父の彼こそが、夫を全力で救ってくれるべき人だったのではないか。
この人生の損失が、私は残念でならない。



この実父はきっと、見知らぬ自分の息子を思わない日はなかったに違いない。
思えばかつて、夫が小さかった頃、
自分の居場所を記した手紙を、実父が夫に残したことがあったそうだ。
義母が半狂乱で握り潰してしまったそうだが。


彼がこの世を去ってすぐ、夫が父親を検索してみる気になったのも、偶然だとは思えない。
実父はずっと、夫に自分を見つけて欲しかったのだ。
私はそういうものを信じている。