「ふきたさん」から5寸釘事件へのコメでちょうどそのころ九州出身のご主人も関西出身の「ふきたさん」も五寸釘で遊ぶのはやっていたって…それでは多分栃木でもかな?って思いましたが詳細不明。A君どうだった?

 毎年組替えがあったころでも3年間もった子も何人かいます。女の子は特にエピソードは覚えていないけど男の子にはいくつかのエピソードがあり思い出しました。

      

 修学旅行一番楽しみにしていたH君、二日前に盲腸で切腹。前日お見舞いに行ったら半べそかてへこんでました。

 お昼に家庭訪問でいったら無理やり饂飩おかずに山盛りいっぱいのご飯食べさせられたT君。「先生食わないねえ。」ってあなたはこんなにいつも食べてるのに小さかったねえ。この二人もうあちらに行ってしまいました。

 農繁期、彼を頭に4人の子がいて両親二人で農業やっていたM君家。ちゃんと家に戻っていて土間との続きの部屋に「どうぞ座ってください」って言われたけど、弁当箱や洗濯物や得体のしれないものだらけ。脚付きのテレビのしたくらいしかすきまがない。なんだかわからないものを適当に押しのけて5cmほどお尻のっけて家庭訪問済ませました、時には御弁当の上に紅ショウガしかのっていなかったけど、それでも当時50%の進学率の中で両親がんばって彼農業高校進みました。この3人3年間担任です。

 一番後ろの大きな子主任の長男、頭はいいけどとんでもないことする子で、そばの席にお父さんいるから話聞きにくかった。「デレスケヤロウ」怒鳴りたいくらいでもちゃんとしずかに話聞いた。でも彼担任したのは1年間で正直ホッ!

 Y君も担任は1年間。2年ではたしか数学教えてました。卒業で送りだすところに立っていたらぎゅっと手を握って「先生僕ずっと先生好きでした。」って言われた。びっくりして「有り難う。頑張ってね。」って言ったけど変な返事?

 50代の頃アメリカ人3人連れて市役所の外人登録の窓口にいたら奥の方の偉そうな人のいる席から出てきた彼「Yですお久しぶりです。」立派な紳士。「頑張った」みたいだった。

 もちろん卒業学年になって担任した子もいるから名前は80パーセント覚えていた。もう彼ら74歳のジジババになっているから裏話は時効にしてね。