60年以上前農村の中学校で初めて担任した1年生です。 

       

 

 カラーにしてみて眺めているうちに思い出した出来事がありました。

 一人の生徒朝教室に入ったら友達の机に五寸釘を一本打ち込んでいました。私びっくりして、ポカーンとそのくぎを見つめていました。はてなんというべきか?「どうしたの?」でた言葉はいたって間の抜けた質問でした。彼が何も答えないうちに、多分こちらの太った主任が生徒に呼ばれてきてくださいました。一括「デレスケヤロウ。何やってんだ。」で職員質に連行されて行きました。私バカみたいについていきました。その仕業の理由は覚えていません。でもその「でれすけやろう」の顔だけは1年で担任しただけなのにちゃんと覚えています。なんかすごくかわいかったって、不思議ですねえ。だってその後その子に手を焼いた覚えは全くありません。

 この中の一人の弟に先日会いました。「姉ちゃんは元気だ」そうです。他のお二人の先生はもちろん生徒だけでも4人ほど訃報を聞いています遠い思い出です。

 

 とすればこちらは63年前。臨時に送り込まれた小学校の3年担任

      

 全国の体育研究校ピアノ弾けないので体育女教員で担当するの一人。この7クラスに運動会のダンス一人でハンドマイク片手に教えました。

 小さな喘息の子まで全員が逆上がりできるようになったのは私の組だけ、なのに、私だけは最後までできませんでした。今も半分は顔を見て名前言えます。

 

 体を動かすのは段々おっくうになりましたがあえて家の中でごそごそやっています。頑張らなくっちゃ。