今度の同年会は、私が栃木県に移って初勤務した学校の3回目の卒業生だ。はじめは都会から来た人が大変だろうから2,3年我慢すれば変わるからって辞令交付の時に教育長さんから言われたけれど、希望は出さぬまで最大の10年そこにいた。頑張ったんじゃない。居心地がよくて大好きだったのだ。
後ろのつぎはぎのガラス、旧陸軍の馬小屋の材料で建てたという校舎は節穴だらけ、下を見たら怖くて行けなくなるポットントイレ。初めはとんでもないところに来たもんだとびっくりした。乗り遅れると2時間来ない次のバス。それ乗り遅れたらバスはもうない。新婚の私も夫も宇都宮を挟んで両側に広がる農村地帯に勤務していたのだから大変だった。夫はバスを40分くらいのって辿りつくところだったが私は幸い20分ちょっと、近いのだけはありがたかった。でこぼこ道でバスは天井に頭ぶつけそうになるほど飛び上がった。
でも人は温かかった。生徒たちは素直だった。
放課後の補習をしていると節穴から小さなネズミが飛び出し、それだけでもびっくりしたのに追いかけて蛇が出てきた。黒板に張り付いている私を後目に男の子がひょいと蛇をつまみ手でぐるぐる回し窓を開けて夕暮れの校庭へ投げ捨てた。
教壇の端のバケツの中で雑巾だと思ったものがももぞっとうごいた。思わず反対側に逃げだしたら、私の反応に満足した生徒が一斉に笑う。蛙の解剖で使うガマガエルがバケツの底でうごめいていた。
「イ」と「エ」の発音がさかさまで「ツクイとエスをもってエグ」という教頭先生の放送にびっくりしたり、地元の先生が多いから、私の反応の方が周囲の笑いを誘ったり。
男体颪に吹かれながらバス停に急ぐ私に二階の窓から「先生風に飛ばされないで帰って。」と生徒の声がかかったり。
思い出は尽きない。

