立原道造の詩が大好き。それに出会ったのは中学生の時だったと思う。図書室で出会ってお小遣いで買った。彼の紡ぎ出す言葉はごく普通のことでも輝いて見えた。

 

           

    

 それが私が教える時中2の教科書に(現代仮名遣いでかかれていたが)載っていた。

 小さく切った画用紙に色鉛筆やクレヨンもってきてイメージしたものを絵にかいてもった。

  たった一人こんなアングルで描いた男の子がいた。

      

 「だってこの人は木々の間の草原に寝転んでいるから」彼はそう言った。もちろん荒いタッチのクレパスで描かれた力強い絵だった。

 その時私は彼は芸術家になるって思った。その通り彼は芸大に進み、高校で教鞭をとりながら絵ではないけれど何と呼ぶのかわからないが制作展なども開いている。

     

 これは全く別の学校でのこと、この誌のを鑑賞した後で、まったく私の個人的な好みなのだけどいつものようにこの詩人の詩をいくつかプリントして渡した。

 その翌日彼はわたしに「先生立原道造の詩集もっていますか」と尋ねてきたもちろん興味持ってくれることはうれしかったから早速もってきて貸した。

 彼の家庭はいろいろ事情もあったし、勉強には関心のない家庭だったから成績は学年のしっぽの方だった。

 それなのに卒業間際の彼の成績は学年10番以内に入ってきていた。

 最近になって聞いた「『のちの思ひに』の一行目を読んだとたんに頭から背中へ何かが走ったような気がした。今まで自分は何してたんだろうって思った。」そういうのだ。「今なら『夢はいつもかへつてい行つた 山の麓の寂しい村に』は倒置法を使った物言いだとはわかる。でもそれ以上のものがあった」のだそうだ。そして、一年の時からの英語や数学を自分で初めから見直して取り組んだのだという。板前になれという母親に私も口添えして希望の普通科に入る許可はとった。そのあと彼は反対を押し切って大学へ進み、大学院修士コースまで進んで建築士一級の資格も得た。

 

 若くして亡くなった立原道造は建築士だった。

  

 詩の力ばかりだとは言わない。でも心を打つ言葉の力を私は信じたい。