小さな白桔梗の芽が出ています。

 

     

  私がここへ来たとき孫たちはこんな小さな芽でした。

 

     

 いろんな病気もらってきては休んで、忙しかったこと。

 

 私が祖母のところから母のところへ移った時もこのお兄ちゃんぐらいの時。でも私病気あまりしない子でした。母は軍需工場へ慰問に来る芸能人の接待に出かけたり、もっぱらお外様。だから私は「栗林さん」という家政婦さんに育てられました。「クリババ」とよんでいた彼女は、狭い社宅に移ったら私と同じ部屋で寝ていました。

 疎開から帰ったらまたすぐ彼女が来てもう動けなくなるまで8年くらい彼女はわたしといました。母は一人一人自分のための女中さんがいて育てられたそうだから、それが当たり前と思っていたのでしょう。

 大学のころ亡くなり葬儀に行ったら立派なお宅の方でした。いろいろ事情はあったようですが。

 私は今でも「クリババ」の作ったお稲荷さんや、茶巾寿司は一番おいしかった気がしています。

    

 彼らは私の味を覚えていてくれるでしょうか?

 大好きなラザニア?茶碗蒸し?

 これは今晩のおかず。お兄ちゃんまだ塾のバイトから帰っていないです。

 

 ちなみに母は私の保護者というより私が保護者だったような気がしています。