たぶん子供のころからファンタジーの世界で遊ぶことが好きでした。
思春期には抒情的なもの、耽美妖艶なもの。よく理解できないのに岡本かの子の作品などを片端から読みました。
中学生の女の子たちは皆ファンタジーの超自然な世界、幻想的、空想的でロマンチックな物語を書きたがります。それでちょっと一緒に夢の世界に遊んでみたのがこの作品です
宴は、まだたけなわでした。人々の笑ぃさざめく中から「お嬢様、どこへぉいでになったのですか。私、とても心配しておりました。」というベィシィー男爵の声が聞こえます。お婿さんの第一候補者と噂されるこの若者は、自分でも、もうその気でいるのでした。たしかに、男爵のお父君は、東の隣領の長であり、もっとも広い土地と財産をお持ちでした。だから、お父様は、マーゴがこの方を気にいってくれれば―と思っていらっしゃることを彼女も知っていました。 でも、グレーテルに言わせれば「もっともハンサムで、しかも礼儀正しい若者」であるこの方の礼儀正しさときたら、お作法のご本に書かれているようで、何をお話ししていても、どこかで聞いたことがあるようで、あくびが出そうになるのです。それならば、お腹の少しつき出した、ぶっきらぼうなベネディクト・ジユニアの方が、まだ楽しいのです。ダンスをすれば、必ず何度かつまさきに乗ってしまっては、すまなそうに「申し訳けございません」「失礼しました。」お話をすれば、作物の収穫のことばかり。何だかピントがずれていて、それがまた愉快でもあるのです。グレーテルに言わせれば「やぼったいお方」かもしれませんけれど……
それにしても、どなたも好き嫌いは別にして、お館の中で一緒に暮らすことなど、考えてみる気にもなれないマーゴでした。何だか、もっともっと結婚てすてきなことだと思っていたのに。女中のエミリアはお嫁に行く時、こんなふうにマーゴに話してくれたんです。「あの人、私が,来てくれないなら、死ぬっていうんです。オラ、耕す土地も大したこともないし、家に道具もあまりない。でも狩りは得意だし、一生懸命働いて、オマエを幸せにするって。」グレーテルが来て追い出してしまわなかったら、マーゴはもとエミリアの話を聞きたかったのですが、だって本当にもう幸せをつかんでしまったようにエミリアの頬は上気して、とってもかわいくみえたし、瞳はキラキラとうるんでいたのです。だから、グレーテルには内緒で、ケープや髪飾りを持たせてやったでした。
それなのに、なぜ、 マーゴの結婚は、エミリアや、彼女のいうあの人ファーラオが過ごしたような、森の中の楽しい散歩も何もなく決まってしまうのでしょう。グレーテルに話せば「はしたない」の一言で終わり。エミリアは「しもじも」のものなのです。
マーゴは、 どなたとも軽やかにダンスをしました。 どなたとも、楽しそうに話しました。心では別のことを考えながら。
マーゴが二歳の時亡くなったおかあ様は、 この村のお百姓の娘だったそうです。おかあ様のおいのちを縮めたのも、ここにお集まりのうるさ方の奥様たちだったかもしれません。 やさしいおとう様は、おかあ様のご苦労をマーゴにさせたくないからこそ、後ろ指さされることのない立派なお婿さんをとお望みなのでしょう。グレーテルも、亡くなられた優しい奥方様を大好きだからこそ、マーゴを、レディーとして恥ずかしくないように育てたいと、うるさいことも言ったのでしょう。
でも、 マーゴは、菜園の仕事を見ることが好きでした。手を出せばしかられるので、作男のジョゼフに頼みこんで花の種をまかせてもらうくらいでしたが、こんな小さな種子があの美しい花になるかと思うと、胸がときめくのでした。そして、「鋤を使って上を掘りおこしていた奥方様の金髪が、汗ばんだ頬に幾筋かかかって、そのむこうに夕陽が輝いてい
たそうな。その美しさにうたれたお殿様が、ぜひにとお頼みになり、もうとうに亡くなられた大奥様のひどい反対にもかかわらず、とうとうお屋敷に行かれることになった……」と村人たちが口にするおふたりのロマンスを思い出すのでした。後添えを決しておもらいになろうとしなかったおとう様が、どんなにおかあ様を愛しておいでだったかはわかりま
す。でも、その話は、お屋敷の中ではご法度でした。庭番のフォスラの所に来ていた村の友だちが、不用意にこの噂話をしたのを聞いた時フォスラは大変あわてて「この話をお聞きになったことは、どうぞどなたにも……」と何度も頭を下げたものでした。
でも、このお話を聞いてから、マーゴはむっつりやのおとう様をよけいに好きになりました。そのうえ、亡くなったおかあ様をなお大切に思うようになりました。そして、自分
も鋤をもって上を掘り起こしてみたいと思ったものでした。幼い頃はだしで上にとび降りて、 グレーテルにお尻をたたかれた時のように、 今も、土の上にとび降りたあの気持ちよさが忘れられないマーゴでした。こんなふうに美しく着飾った方々の中でおしゃべりをしているより、野ウサギがキャベツをつまみに来るところを抱きとって煩ずりしてやったり、
汗びつしょりになって麦を刈ったりすることのできる、 エミリアのいう「大変だけど、けつこう楽しい生活」がしてみたいのでした。
ベネディクト.ジュニアに、またつま先をギュツと踏まれで、 マーゴは、はっと現実にもどりました。 一生懸命頭を下げていらっしゃるジュニアには、「どうぞお気になさらなで」と笑いかけるよりしかたがありません。きれいに光っていた黒い靴の先の中で、 マーゴの小さい足はズキズキしましたが。
「お嬢様まもうすぐ教会の鐘が鳴ります。ラストのダンスは、ぜひ私と」ベィシィー男爵の気取ったそぶりに、 つい「でも私、もう一度ベネディクト卿とご一緒のお約束ですの」と答えてしまったマーゴですが、赤くなっておられるベネディクト・シユニアと青白い顔で、すまして去って行かれるベイシィー卿のお姿を見ると、なぜ、そんなことを言ってしまったのか戸惑ってしまいました。
マーゴのことばを自分への好意と誤解されたのか、ベネディクト・ジュニアのダンスは、ますますひどいものになり、曲の中ばで、教会の鐘が鳴り響いた時には、 マーゴはほっとしました。楽師たちは曲をやめ、召使が、ランプを一つ一つ消しました。雪あかりの中で、年を送る人々の声がコーラスになって響き出すうちに、マーゴはポーチヘ出ました。
ポーチの階段の下に、あの鹿が立っているのを見ました。黒い瞳をキラキラさせて、降りやんだ雪の中にひっそり立っていました。毛は雪の滴をはねかえしてなめらかな褐色でした。マーゴは、愛らしい黒い瞳に吸いよせられるように、その傍に行きました。その背を撫でると、温かい感触が手にふれました。その首近くの毛は特にフワフワとやわらかでした。鹿は前足を折ってひざまづきました。
マーゴは、その首近くの綿のような毛の上に、そっと腰をおろしました。土と草の香がしました。
いつか、雲は消えて、月が地上の積雪を青く照らし出しました。その中を、背に少女を乗せて、鹿は森の中に深ぐ分け入っていきました。
森の狩人が美しい妻を迎えたという噂を聞いた人もいるそうです。ウィクシァーの森には、緑の妖精のような美しい娘が、木イチゴを摘んだり、鹿と戯れたりしているのを見たという人もいるそうです。
でも、 それだけのことで、誰もマーゴを見つけ出す人はいませんでした。
(完)
一人娘を失ったデュポン侯がその後どうなさったか?それは私は聞きそびれておりました。


