これはお二階で保存しておいてもらおうと返してしまった。ここに書いた通り。娘の幼い時の写真も返さなくては。

 私の数え7歳の時なんて日増しに厳しくなる戦局に軍需工場の工場長となった継父とともに小さな社宅に移ったころ、「欲しがりません勝つまでは」が合言葉、優雅に七五三どころじゃなかった。5歳ごろ確か母が手編みに薄い毛糸で編んだワンピース着せてもらって撮った写真見せられたことがあったけれど、その写真はどこにあるか知らない。あれが5歳のお祝いだったのかなあ。

 高校生くらいまで写真なんてほとんどない。

 覚えているのは疎開するころからいつだって母の古い銘仙で作ったモンペ姿だったことくらい。それでも濃い紫に臙脂の矢羽根がところどこっろ飛んでいるようなモンペはひどくおしゃれで目立っていたので、疎開先の同級生が触りに来てびっくりした。

      

  上着はこんなにかっこよくなく、下に入れていたが、絣模様を着ている子が多かった。しかも大体野良着のお古で色あせていたような気がする。上は白いワイシャツ縫い直したブラウスなんかもあったっけ。

 

 さあて宇宙人君は今日は一応パソコンをカバンに詰めて学校へ行った。

 お兄ちゃんはこれから塾へ出発。

 5歳のころに戻りたい二人である。