曇り空ですが暖かい朝があけました。

        

 

 3月10日、東京大空襲。

 3月11日 東日本大震災。

 忘れてはいけないのではなく忘れられない日です。

 

 大空襲は鶴見川を挟んだ対岸からずっとみていました。「寝なさい」といわれたって眠れませんでした。大きな防空壕の入り口から見上げる空には青やピンクの尾を引いて焼夷弾が飛び交いました。下は一面火の海となっていました。子供の私にはその下で逃げ惑う人々まで想像できませんでした。

         

 

 11年前、地震で揺れることの少ないこの土地では珍しく震度3くらいだったでしょうか。それでも、宇都宮では結構慣れっこになっていた私はプールに行こうとしている二人の幼稚園生につかまられて慌ててリビングのドアで体を支えてました。

 それよりもそのあとで流される津波の画面はそれはこの世の地獄でした。

 真っ赤な炎が神戸を焼き尽くすのを見た時、、

 9.11で飛行機がビルに突っ込むのを見た時、

 ああ何度生きているとこんなこの世の地獄を見なければならないのだろうと思いました。でもあの真っ黒な海がそのまま家を飲みこんで迫ってくる姿はもっと怖かった。そして原子炉は今も大きな問題を残したままです。

 それなのに世界の何処かで無益な戦いが続けられ、戦禍に命を失う人がいるのです。

 

 命をあがなうことはできません。約束された1年半か2年の命の重さを私はまだしっかり測っていません。無駄に過ぎてゆく日々があります。それでも生きているという事はありがたいことです。それは自分だけの命ではありません。すべての人々の命の大切さがわかってきたような気がします。

 

 忘れてはいけない…ではなく忘れられないこの日、命の重みをもう一度考えてみたいです。

 

 私は今、朝起きて飛び出す子供たちにお弁当を持たせたり忘れ物がないか声をかけたり、そんな日々がとてつもなく大切な時間です。