あっぽさんが健康寿命のことを書いていらっしゃいました。女性の健康寿命は75.38とか

 まあもちろん私は大幅にオーバ-して、ちょっと熱を出したりすると体力落ちていると感じます。

 母は100歳と7か月で亡くなりました。母の実家は〇〇財閥といわれるほどの家で7人の子供にそれぞれ女中がつき小学校に一緒に行き控室で待っていて帰りも一緒に帰ったとか。相続すべき長男が早く亡くなり悪徳弁護士に財産を奪われたり、戦中戦後のどさくさで財産をすべて失っても、母だけはお嬢様を貫いた人。再婚した私の継父にあたる人が倒産し、しばらく再起を期してて蒸発した時だって3日働いたら「私には無理」と仕事をやめました。おかげで奨学金と家庭教師とありとあらゆるアルバイトで大学生の私が母との暮らしを何とか維持していました。もちろん継父はちゃんと再起しましたが。

 そんな母、結構美しい人でした。

        

 晩年私と同じ白髪ですが母に言わせると「いじりすぎた」そうでてっぺんがハゲていましたのでエレガントなウイッグを付けていました。

私は片目になったからってわけじゃありませんがもともと構わないたちですが母は90歳くらいまできちんと口紅塗ってました。

 けさ部屋着のを孫が撮りました。                                     口紅位つけりゃよかった? 

 95歳くらいまでは名前も生年月日もしっかりしていたように思いますが徐々に幻影を見て夜中にお医者様が往診に見えたと私を起こし「どこにいらしたかしら」と一緒に机の下や押し入れまで捜し「急患が入ったってお帰りになったわ」っていうと納得して寝てくれました。

 最後の頃病院に行くと結婚指輪でもないのに私の指輪みて「結婚したのよかった。」

 夫「おかげさまで50年以上仲良くやってます。」

 なんでも興味あり看護師さんが目を放すとっやたらボタン押し、これは何度か書いたのですが、私がいったらベッドの上でV字倒立していました。私の声で飛んできた看護師さん食事させて下げる時ベッドの上げ下げのボタンうっかり置いて行ったのだと恐縮していました。

 最後の一月以上は点滴と酸素だけで生きていましたが静かに息を引き取りました、「いつ逝ってもいいわよ。」って言っていたのに、病院の近くの婿殿の家に行っている娘に連絡したら、すぐ送ってもらうからっていうので「おばあちゃん、あと10分だけ待ってね。」って言いましたらちゃんと待って孫の聞こえないにしても呼びかける声を聴いてから息を引き取りました。  でもやっぱり私そこまでは生きたくはないんですけれど、。

 

 さて今日は私は弟君の希望でクリームシチュー作りました。

     

 小麦粉とバターでルーを作る香、うれしいです。