PCの不調で何が何だか不明です。取り消せませんので書くことにしました。関心のある方だけお読みください

 大學でのジャッジの講評

「祖父母の戦争の語部として、そのバトンをつないでいてすばらしい。」こうありました。

とてもうれしかったです。

 

 我が家で終戦記念日にすいとんを作って食べることから始まり、そこで祖父母の戦争体験をきくことが語られます。

 祖父は東京日本橋に住んでいて東京大空襲の次の日、親戚の安否を確かめる道筋隅田川に浮かぶたくさんの死体を見ます。祖父の両親は祖父を学童疎開に出します。学童疎開で子供たちはいつも飢えていました。(でも「帰りたい」と手紙を出す子供に親たちは「我慢しなさい。東京にいて死ぬよりはいい」と返事を出します。祖父の家は5月に空襲で焼け、祖父は父母と一緒に長野に疎開して一緒に住めるようになったという事が語られます。)つけたした部分

 

 祖母は軍需工場の街にいて空襲や機銃掃射のターゲットとなり、岩手に疎開します。その列車を待つ上野駅は焼け野の原に囲まれたくさんの孤児がいました。幼い祖母が食べようとしたおにぎりにたくさんの手が差し出されます。「チョウダイ。チョウダイ。」食べる気が失せて差し出したおにぎりを取り合う光景は残酷な瞬間だったと祖母はいいます。

 

 彼はいいます。今自分たちは過去の歴史と社会の仕組みを学んでいます。戦争は戦う理由を知らない人の命さえ奪いました。もし自分たちの国が誤った方向に進みそうになったり、よくない決定が行われたりするようになったらNOというために立ち上がらなければなりません。だからこそその知識を得るため過去の歴史に学び社会の仕組みを知ることは必要なのです。

 

 今鶏肉のスープにお野菜の入ったすいとんを食べています。でも戦時中のすいとんは薄い味噌汁の中に数個の団子が浮いているだけ、それでもそれは楽しい夕食だったと祖父は言います。

 
 私たちはおいしいすいとんが食べられる世界をずっと保っていかなければなりません。
 
 これが大体の内容です。本番の大会の方はもっとインパクトがあるものになっていましたが録画がありませんので、依然のをもう一度載せておきます。