1941年12月8日日本軍はまずイギリス領マレー半島上陸した後に、アメリカ領ハワイ真珠湾を攻撃し、太平洋戦争が始まった。

        

 

 80年前の今日である。

 寒い朝だった。当時私は伯父夫婦と祖母とともに東京新宿区の山伏町に住んでいた。それなりの庭がある大きな家だったと感じるのは私がまだ4歳の子供だったからだろうか。

 高すぎる縁側から沓脱石を伝っており宮城の方を向いて戦勝を祈るように言われ、わけもわからずに柏手を打った。の時の様子は頭の片隅に部分的な映像として残っている。

 

 そのあとラジオは毎日のように大本営発表の戦勝の報道を伝えていた。「大本営発表。……わが軍は……せり。」部分的に響いてくる勇ましい言葉は意味不明だったが、とりあえずいつもわが軍は「勝利セリ」だった。

 

 それなのに甘いビスケットのようなおやつが消えた記憶がある。

 

 美しい着物姿で訪れてきた母はその着物を縫い直したモンペ姿で訪れ、時にはなぜか白い割烹着を付けていた記憶がある。

           

 じわじわと生活は替わり、祖母の一家も都心から今の都立大學近辺に越した。そこから私は母のところで暮らすようになったのだが、そのあとは千歳烏山に合った学校の農場に住んでいたように思う。    私はそれらの出来事をただ日常として受け止めていただけで戦争については全くわかっていない。。

 

 「大本営発表」のラジオから流れる幼い心に焼き付いているひび割れた声。

 

 それが始まった朝が80年前の寒い朝だった。